13、少女と帝国貴族の子供たち
普段あまり帝都にいないディートリヒは、貴族たちに捕まり大変そうだ。
デザートを堪能し終えたルクレツィアが父の姿を探すと、いまだに多くの貴族たちに囲まれていた。
「ねぇ、ヴィレン。せっかくだから薔薇園を見に行かない?」
「えぇ〜?」
顔に『興味ない』と書いてあるヴィレンにそう声を掛けたルクレツィアは、彼の手をグイグイと引っ張り半ば強引に連れ出そうとした。
「…そんなに俺と花が見てーの?」
「うん。一緒に行こうよ」
ヴィレンはルクレツィアのはじめて出来た友人だ。友人と色んなことを体験して楽しみたいと思っている。
ルクレツィアが期待のこもった目で見つめると彼は悩む素振りを見せるが、結局…。
「………いや。俺は行かない。花なんて見てもつまんねーし」
ヴィレンの答えにルクレツィアは拗ねた顔で唇を尖らせながら呟いた。
「……ヴィレンのばか」
「あぁ!?」
すぐに悪態をつくヴィレンに、ルクレツィアはますます不機嫌な顔になって口を閉ざす。
(私は…たった一人の友達とパーティーを楽しみたいだけなのに…)
これまでに友人の居なかったルクレツィアは、友達と楽しくパーティーを過ごした事なんて無かった。だから、ずっと憧れていたのだ。
パーティーにひとりぼっちで参加する度に、周りの子ども達が羨ましくて仕方なかった。今日、ルクレツィアはヴィレンと一緒に参加出来てどれほど嬉しかったことか。
「…いいよ、もう。私一人で見てくる」
ルクレツィアは怒ったような悲しいような顔をしてヴィレンに背を向けると、薔薇園でも見に行くのかトボトボとどこかへ行ってしまった。
(…なんだよ。俺はただ興味ないって言っただけなのに、怒ってさ…俺が悪いみたいじゃんか)
ヴィレンは少しだけ彼女を追いかけようか悩んだが、結局その場に留まることにした。
(勝手に怒り出したのはルーシーなんだし、何で俺があいつのご機嫌を伺わなくちゃなんねーんだよ)
そんな気持ちから意地を張ったヴィレンは、ムスッとした顔でまだ皿に残っていたケーキを頬張ったのだった。
暫くルクレツィアの帰りを待っていたヴィレンは、テーブルの上に伏せっては一人でつまらなさそうな顔をしていた。
「…ルクレツィアはどうした?」
ヴィレンに声を掛ける者がいた。声の主はすぐに分かったが、ヴィレンが顔をあげるとそこにはやはりディートリヒが立っている。
「知らね。花でも見に行ってんだろ」
「お前たち、喧嘩でもしたのか?」
意外そうな顔をしたディートリヒがヴィレンの前の席に腰を下ろす。
「…してねーよ。ルーシーが花を見ようってしつこく誘うから興味ないって言ったら、あいつ、勝手に怒ったんだ」
思い出すと苛々してきた。自分は何も悪い事なんてしてないのに、何でこんなに罪悪感が募るんだ。
「…ルクレツィアは今まで友人もおらず一人だったそうだから…今回、お前がいて余程嬉しかったんだろうな」
ディートリヒはそう言いながら悲しそうに目を伏せる。
「ルクレツィアはこれまで、お前が興味あることやしたい事に合わせて一緒に楽しんでいただろう? きっと、友人のお前と色んな事を共有したかったんだよ」
ディートリヒに言われてヴィレンはハッとした。
確かに、彼の言う通りルクレツィアはヴィレンの意見を尊重してくれる。
(皇宮に行った日も…本当は行きたくなかったのに、俺が興味を持ったからルーシーは一緒に来てくれたんだ)
それなのに自分は…。
ヴィレンが気まずそうに下を向いていると、ディートリヒは続けた。
「…余計なお世話かもしれないが…そんな事では、契約満了時の褒美でお前が望むものは手に入らないかもしれないな?」
ヴィレンはむぅっとした顔をして席を立った。
「ちょっとルーシーを探してくる…」
ヴィレンの後ろ姿を見つめながら、竜族とはいえ人間の子どもと何ら変わりないな。と、思うディートリヒであった。
*
ルクレツィアは一人で薔薇を見に来ていた。
ヴィレンが追いかけてきてくれるかと少し期待していたがそんな事はなく…。
(なによ、なによ! 本当に、ヴィレンのばかっ!)
ルクレツィアは腹立たしい気持ちのまま、ズンズンと薔薇園の奥へと進んでいく。一人では、薔薇を鑑賞する気にもならなかった。
奥へ進むと、立派な池のある開けた場所へと出た。池の周りには子ども達が集まっている。
その中心部でエリーチカが得意げな顔で何か説明していた。きっと、薔薇を美しく咲かせる秘訣とかそんな話なのだろうとルクレツィアは予想した。
自分がエリーチカに嫌われていることは知っているので、ルクレツィアはこの場から立ち去ろうとすぐに背を向けるのだが…。
「あら…ルクレツィア公女様じゃありませんか」
と、エリーチカは放っておいてくれないらしく、彼女が話しかけてきた。
子ども達の視線がルクレツィアに向けられる。
ルクレツィアは逃げてしまいたい気持ちだったけれど、無視するわけにはいかないと引き攣った笑顔を携えて振り返る。
「…あまりに薔薇が綺麗で…気付けばこんな所まで来てしまいました」
ルクレツィアが社交辞令を言うと、エリーチカは「そうでしょうとも」と、満足げな表情だ。
「それより…あの竜の少年は一緒じゃありませんの?」
貴女の唯一のお友達でしょう? と、意地悪な笑みを浮かべて尋ねてくるエリーチカにルクレツィアは思わず目を伏せる。
すると、察しのいいエリーチカはニヤリと笑った。
(この女、あんなに自慢げに一緒に入場してきた竜にも放っておかれているの? 本当に傑作だわ)
あの竜はディートリヒの所有物なのだと大人たちが話していたのを聞いていたエリーチカは、ルクレツィアとヴィレンが本当はそこまで仲が良くないのだと思った。
ルクレツィアが見栄を張ったのだと思い、嘲りの笑みを浮かべる。
そういうことならば、エリーチカにとってルクレツィアは何も怖くない。ここには、大人の目も届かないし…。
「そうだわ! 皆さんで一緒に薔薇の水やりをしませんか?」
エリーチカは急に明るい声でそう言うと、取り巻きの少年少女の方を振り向いてぱん、と軽く手を合わせるように叩く。
「薔薇を植えた土が乾いたらこのように…たっぷりとお水をあげるんです!」
エリーチカはそう言って、魔法で水のシャワーを辺りの花壇に振り撒いた。そこにはルクレツィアもいて、薔薇と一緒にずぶ濡れになるルクレツィア。
「……え…」
ルクレツィアが驚きのあまり固まって、濡れた自身を見ていると周りの子ども達はクスクスと笑う。そして、エリーチカを真似てルクレツィアに薔薇の水やりと称して冷たい水を浴びせていったのだ。
(あ…ジェイの…お父様が買ってくれた…ヴィレンとお揃いの…せっかくのドレスが…)
ルクレツィアは何故自分がこんな目に合わなければならないのか、悔しくて仕方なかった。
ただ魔法が使えないだけで、ここまで人は尊厳を失うものなのか。自分が一体、エリーチカたちに何の迷惑をかけたというのか…。
「あら、ルクレツィア公女様。そんな所に立っていらっしゃるから、お水がかかってしまったじゃありませんの」
エリーチカは上辺だけ心配する振りをして、ルクレツィアに話しかけた。
「…なんで、こんなことをするの…?」
ポタポタと髪やドレスから滴る水滴とともに涙も地面に落ちていく。
「まぁ! もしかして公女様は、私たちがわざと水を被せたと仰りたいの!?」
エリーチカはまるで被害者のような体でわざとらしく悲しそうな表情を浮かべていた。ルクレツィアはそんなエリーチカをキッと睨み付ける。
「…何ですの、その目…濡れたなら、魔法で乾かせばよろしいじゃありませんか」
エリーチカはルクレツィアを嘲笑った。
「あ…そういえば貴女は、魔力なしでしたね。失念しておりました、申し訳ありませんわ」




