12、皇子の未練と少女のヤキモチ
「……あの黒髪…竜の…」
オルク伯爵令嬢がポツリと呟いた言葉をエリーチカは聞き逃さなかった。
「伯爵令嬢! あの少年を知っているの!?」
「あっ…!」
エリーチカが詰め寄ると、オルク伯爵令嬢はしまった。といった顔をして目を逸らす。
「…彼はヴィレン。竜族の少年だよ」
オルク伯爵令嬢の代わりにユーリが答える。
「ルクレツィア嬢とは愛称呼びを許すほどに仲が良いらしい」
そして、捨てられた男のような惨めな表情でユーリが言った。
『竜』。そういえば、エリーチカの父親が話していたことを思い出す。
どうやらクラウベルク公爵が竜を手なづけたらしい。まだ子どもだが、成長すれば公爵の…ひいては帝国の大きな力となるだろう——と。
(竜ってあの恐ろしく大きなトカゲのことでしょ? 公爵のペットなんて気にもしていなかったのに…)
エリーチカはヴィレンを見る。滅多に見かけることのない竜族のことを人間はよく知らない。彼らが人の姿を持っているなど、聞いたこともなかった。
(あんなに美しい人が、その『トカゲ』だって言うの!?)
そして、エリーチカはオルク伯爵令嬢に向き直ると、キッと睨み付けた。
何故、この令嬢は竜を認識していながら自分に話さなかったのか…意図的に情報を伏せたのか。伯爵令嬢のくせに自分を欺こうとしたその行動が許せなかった。
ルクレツィアがエリーチカの姿を見つけ、ディートリヒと別れるとヴィレンと共に彼女たちの元へと近付いた。
「エリーチカ公女様。この度はお招きいただき、ありがとうございます」
澄まし顔でカーテシーをするルクレツィア。エリーチカは突然のことで、口元をヒクヒクとさせながら挨拶を交わした。
エリーチカは、ルクレツィアの隣に立ちこちらを冷めた目で見てくる竜族ヴィレンにチラリと目を向ける。
見惚れるほどに美しい…が、ルクレツィアと同じ色をした瞳の瞳孔は獣のそれと同じで縦長だった。
(…やはり、この人は竜なんだわ…!)
ヴィレンに恐怖心を抱いたエリーチカは目を逸らすように深くお辞儀をする。
「い、いらっしゃい。今日は楽しんでいかれてね」
そして顔を上げると何とか笑顔を浮かべながらそう言って、エリーチカは友人たちを連れてその場から退散するように去って行ったのだった。
残されたルクレツィアとヴィレン、そしてユーリ。
「先日ぶりだね、ルクレツィア嬢」
「あ、はい。その際はお時間を頂きありがとうございました、ユーリ殿下」
二人の言う『先日』とは、出来上がった婚約解消の認可書にサインをした日のことだ。
父親から婚約解消のことを告げられた時は、ユーリも驚き混乱したことで取り乱してしまったが、今落ち着いて考えればそこまで状況は悪くないことに気が付いた。
(親に決められていた婚約を解消しただけ。僕たちはまだ子供で、これからたっぷりと時間はあるのだからやり直せるはずだ)
そう前向きに捉えていた。
ユーリはヴィレンを見る。すぐにユーリの視線に気付いたヴィレンは「なんだよ」と顔を顰めていた。
(それに竜族と…人間が結婚することなんて不可能だ。僕たちとは種族が違うんだから)
ルクレツィアの側で馴れ馴れしく侍るヴィレンには腹が立つが、二人には種族の壁というものがある。万が一にも結ばれることはあり得ない。
だからユーリは、せいぜいそうやってルクレツィアの側にいて彼女を守っておけば良いとヴィレンに対して思っていた。
(…僕と彼女が結ばれる、その日まで君に彼女を預けるよ)
ルクレツィアは公爵令嬢だから、『結婚』からは逃れられない。最後に自分の元へ戻ってくればそれでいいと、ユーリは自分にそう言い聞かせた。
「ルーシー、あっちのケーキ食べようぜ。俺、腹減った」
「せっかくのローズ・ガーデンパーティーだし薔薇園を見ないの?」
「花とか興味ねー」
ヴィレンが駄々を捏ねだしたので、ルクレツィアが彼を見ながら困ったように笑っていた。
「あ、ではユーリ殿下もパーティーを楽しんで下さい」
「…うん。ルクレツィア嬢も」
ユーリが微笑むとルクレツィアは会釈して、ヴィレンに向き直るとそのままこの場を立ち去って行った。
ユーリはずっとルクレツィアの去っていく後ろ姿を見つめていたけれど、結局彼女が振り返ることは最後までなかった。
ヴィレンと共にデザートを皿に乗せていると、周りの令嬢たちからヴィレンへの熱い眼差しが向けられていることに気付いたルクレツィア。
「…今日は人の姿で過ごすのね?」
「まぁな」
ルクレツィアが尋ねるとヴィレンは相槌を打って、「竜の姿だとまた人間に注目されるかもしれないからな」と、皇宮で皇后達に物珍しそうに注目されていた事が余程嫌だったのか、渋い表情を浮かべて言った。
(…人の姿でも…注目を浴びてるけどね)
ルクレツィアはチラリとヴィレンの横顔を見る。ルクレツィアの魔力を取り込んだヴィレンの瞳は相変わらず紫色で、彼女と比べて違う所はヴィレンの瞳孔は縦長だというとこと。やはり人型であっても彼は竜だ。
男性的というよりは中性的で上品な顔立ち、しかし態度と性格は我儘でガサツでとても子供っぽい。
左目の下にある並んだ二つの黒子が、まだ子供のくせにヴィレンのあどけない表情に男の色香を漂わせているのだ。
黙ってさえいれば、この国に住む殆どの令嬢を簡単に恋に落とせるかもしれないと思うほどルクレツィアはヴィレンの美貌を認めていた。
「…口を開くと、残念なんだけどね」
「なんだぁ?」
ボソリと呟くルクレツィアの独り言を聞き付けて、ヴィレンは意味が分からなかったが何となく自分の事を言われていると思い悪態をついておいた。
(そりゃあ…どんな姿でもヴィレンはヴィレンだけど。そんなに注目されてたら、私だけが知るヴィレンじゃなくなっちゃう…)
同じ『注目』なら、竜のヴィレンを抱きしめながらパーティーに入場すれば良かった。と、ルクレツィアはそんな事を考えながら拗ねた表情でいると、ヴィレンがニヤニヤと揶揄うように笑っていた。
「嫉妬してんの?」
「どういう意味?」
「俺が人間の女たちにモテてるから」
ルクレツィアは目を丸くしてヴィレンを見た。
「…私が?」
「なんだよ。自分で気付いてねーのかよ」
つまんないな。と、呟きながらヴィレンがルクレツィアの皿にハート型のクッキーを乗せる。
「俺はルーシーが他の男たちに注目浴びてたら嫉妬するけどなー」
(それって、どういう…)
ルクレツィアは皿の上に置かれたハート型クッキーを目を伏せるようにして見下ろした。
そして、少し考えてから自分の嫉妬心を自覚した彼女は、今、自分がヴィレンにヤキモチを妬いているのだと気付き顔を真っ赤にさせた。
「…じゃ、じゃあ、竜の姿になってよ!」
「やだ」
ヴィレンは自信のある表情に、傲慢そうな笑顔を浮かべて言った。
「竜だと、お前とお揃いの服が着れねーじゃん」
ぼぼぼ、とルクレツィアの顔はさらに真っ赤になっていく。
「ふはっ、ルーシーの顔、真っ赤っか」
「…早く座って食べましょ!」
ルクレツィアは照れ隠しでヴィレンから勢いよく顔を背けると、ツンとした態度で空いてるテラス席へと向かって行った。
そんな彼女の姿を、ヴィレンは機嫌良く笑いながら楽しそうに眺めていた。




