11、公爵令嬢の思惑違い
マルドゥセル魔導帝国の社交界は騒がしくなっていた。
それは、先日にユーリ・ティア・マルドゥセル皇太子殿下とルクレツィア・クラウベルク公爵令嬢の婚約の解消が大々的に報じられたからだ。
それを受けた貴族たちは、ルクレツィアのことを父親だけでなく遂に皇族からも見放されたのかと嘲笑った。
本日開催されるヴァイスローズ公爵家のローズ・ガーデンパーティーでもこの話題で持ち切りだった。
主催者の娘エリーチカはメイドに身支度を整えて貰いながら鼻歌を歌っていた。
「お嬢様、ご機嫌ですね」
「そうね。何たって今日は、パーティー日和の快晴なんだもの」
メイドに微笑みながらエリーチカは答える。
今日のガーデンパーティーの招待リストにはルクレツィアは勿論のこと、ユーリの名もあった。
公爵家が開催するパーティーなのだ。招待されれば皇族とはいえ余程の事がない限り無視することは出来ないだろう。
(今日のこのパーティーで招待客たちに、ユーリ殿下に相応しいのは私なのだと印象付けてやるわ)
エリーチカはこのチャンスを逃すつもりは無かった。
(惨めなルクレツィアを引き合いに出せば、私はより輝いて見えるでしょうね)
皇宮のガーデンパーティーの時のように、父親の付き添いもなく…ルクレツィアはまた一人でやって来るのだろうか? きっとそうに違いない。
(誰がどう見たって、皇太子妃に相応しいのは私なのに、昔から目障りだったのよね)
やっとルクレツィアに立場というものを分からせてやれるのだから、エリーチカの機嫌が良くなるのも仕方がない。
「お嬢様。そろそろ向かいましょう。招待客の皆様がお嬢様をお待ちのようですよ」
「えぇ。それでは参りましょう」
サラリと白い髪を靡かせて、初夏に映えるピンクのパステルカラードレスを身に纏いエリーチカは歩き出す。
彼女がパーティー会場であるヴァイスローズ公爵家ご自慢の薔薇の庭園に姿を現すと、招待客たちは、わぁっと歓声をあげて彼女を出迎えたのだった。
「——ルクレツィア公女様はまだお見えになっておりませんのね?」
エリーチカがぐるりと周りを見渡しながら、彼女に近付いてきた仲良しの令嬢たちに問いかけると皆が不満そうな顔で頷いた。
「遅れるなんて、教養がない方ですね」
そんな友人の言葉を耳に入れながらエリーチカは考える。
(…やはり皇宮の一件のこともあったし、怖気付いたのかしら? それは残念だけれど…ルクレツィアの評判はますます下がるわけだし、結果的には悪くないわね)
ふふ。とエリーチカの笑みが溢れた時、「ヴァイスローズ公女」と声をかけられた。
(この声は…!)
エリーチカは淑女顔負けの完璧な笑顔を携えて、その者に丁寧にカーテシーをする。
「ユーリ皇太子殿下。ようこそいらっしゃいました」
「お招きありがとう。貴女の家の薔薇はいつ見ても見事だね」
優しく笑いかけてくれるユーリに、エリーチカはときめいていた。
(あぁ…やはり。私の夫に相応しいのは貴方だけ!)
皇太子という肩書は勿論、顔も性格も、魔法の才も…その全てをとってもユーリほど素晴らしい男性はいないだろう。
「ありがとうございます。ユーリ殿下にそう仰って頂けるなんて…」
「ところで、ルクレツィア嬢…いや、クラウベルク公女は…?」
エリーチカの完璧な笑顔が固まる。
見れば、ユーリはどこかソワソワした様子で、ルクレツィアの事を気にしていることが丸分かりだ。
エリーチカは信じて疑わなかった。やっとノーマンと婚約解消出来てユーリは清々しているのだろうと…。
なぜ、ユーリが未練がましくルクレツィアを気にしているのか分からなかった。
「…ルクレツィア公女様はまだいらしておりませんわ」
黒い感情が表に出ないように、エリーチカは改めて笑顔を浮かべるとユーリに言った。
「もしかしたら、本日はいらっしゃらないかもしれませんね…」
そして、悲しそうにそう続けると、ユーリから「そっか…」という元気のない返事が返ってくる。
エリーチカの周りにいた令嬢たちが、ユーリの様子を見てざわつき始めていた。
(…やめてよ!)
エリーチカは心の中で荒ぶる。
(ユーリ殿下がそんな落ち込む姿を見せていたら、婚約解消を悲しんでいると思われるじゃない!)
そうなると、自分の次期皇太子妃としてのアピールが何の意味も為さなくなる。そんなのは嫌だ。
「ユーリ殿下っ。あちらに見応えのある、とても美しい薔薇が咲いておりますの! 私と一緒に…」
その時、案内人の男がルクレツィアの来訪をパーティー会場に告げた。
するとユーリはすぐに振り向いて、会場の入り口に目を向ける。
恥知らずにも、ルクレツィアはまた一人でやって来たらしい…。
(…どう、いたぶってあげましょうか…?)
彼女の周りの令嬢たちがルクレツィアの来訪を聞いてクスクスと笑っている中、エリーチカも会場入り口へと目を向けると…。
(………え…?)
エリーチカは言葉を失いながら目が釘付けとなる。
そこには確かにルクレツィアがいた。そして、その横にはエリーチカが今まで見たどの人よりも綺麗な顔立ちをした黒髪の美少年が立っていたのだ。
二人はお揃いの衣装を身に纏い、手を繋ぎ、笑い合いながら入場している。
ルクレツィアのサマードレスは、ライトグリーンを基調としたドレスで、腰から下のスカートは上から透けるほどに薄い白いレースが切り返しされるように重なっている。
胸元には白い大きなリボンが揺れていて、結び目の中央には大きなダイヤモンドが輝いていた。
歯を食いしばるほどに悔しく思える可愛いドレス。エリーチカは、一体どこのデザイナーが手掛けたドレスなのかと気になった。
会場中の少年少女たちが無意識に二人に見惚れている。夏の妖精を二人見つけたような気持ちになっていたのだ。
エリーチカは反応が気になりユーリの横顔に目を向ける。彼は、とても悲しそうに、悔しそうな面持ちで下唇を噛み締めて二人を見つめていた。
(…もしかして、婚約解消の経緯は私たちが考えているものとは違う…?)
社交界ではもっぱら、皇族がルクレツィアに見切りをつけたのだと言われている。しかし、ユーリの様子を見る限り、そうではないような…。
エリーチカが今後の自分の振る舞いを考え直していると、会場中にどよめき声が上がった。
なんと、ルクレツィア達の後ろに続いてディートリヒ・ヴィル・クラウベルク公爵が現れたのだ。
(…な…!? クラウベルク公爵!? どういうこと…!?)
これまでに一度もルクレツィアと共に公式の場に現れたことのなかったディートリヒの登場に、子どもたちだけでなくその保護者の貴族たちは驚きを隠せないようだった。
貴族たちの視線が集まる中でディートリヒが何かをルクレツィアに話しかけて、彼女が振り返り答えると彼が微笑んだ。
すると貴婦人たちが頬を染めてうっとりとした表情でディートリヒに熱い眼差しを注ぐ。
ただでさえ帝都にいることが珍しい偉大なる魔術師の姿だけでも感動的なのに、更に微笑む姿を見てしまい…彼女達は幸せそうな表情を浮かべていた。
(ルクレツィアは惨めなノーマン公女…なのに!)
ルクレツィア・クラウベルクという人間は、才もなく、過激な性格で、いつだって皆の悪者で、父親にも見捨てられていて、だからこそ嫌われている惨めな公爵令嬢…。
それなのに、周りからこんなにも羨望の目を向けられているなんておかしい!
エリーチカは悔しさから目がチカチカとする。
今の彼女は美しい少年と仲睦まじく入場してきて、その後ろでは偉大なる魔術師の父が愛しむような微笑みを携えてルクレツィアを見守っている。
今の彼女のどこが、いつも周りに馬鹿にされてきた惨めなノーマン公女だというのだろうか。




