10、偉大なる魔術師の愛娘ショッピング
ルクレツィアは照れながらも再びカタログに視線を落とす。他にも可愛いデザインがたくさんで、どれも目移りしそうだ…と、眺めていると、ある事に気がついた。
「あの…この、デザインの横にある『J』って何なの?」
「あ、これはデザイナーのサインですよ」
オーナーが爽やかな笑顔を浮かべて教えてくれた。
彼が言うには、このブティックには数名のデザイナーが所属しておりカタログに載せているアイテムは全て、そのデザイナー達が手掛けた作品たちらしい。
なるほど。他にも様々なサインがある。ルクレツィアが気に入るデザインの殆どが『J』の作品のようで、オーナーが「『J』に会ってみますか?」と提案してきた。
ルクレツィアがディートリヒを窺い見ると、好きにしていい。というように笑顔で頷き返してくれる。
「ぜひ会ってみたいわ!」
ルクレツィアが目を輝かせながら答えるとオーナーは嬉しそうに笑っていたが、ふと悲しそうな表情を浮かべる。
「実は、そのデザイナーは私の弟なのですが…ノーマンなのです」
ルクレツィアはハッとした表情で彼を見た。オーナーは窺うようにルクレツィアを見ている。
「…それでも良ければ…」
「問題ないわ!」
ルクレツィアは力を込めて言った。
「私は『J』のデザインが気に入ったから、彼に会ってみたいの!」
するとオーナーは少し涙ぐんだ様子で笑う。
「……弟を呼んで参ります!」
誰よりも弟のデザイナーとしての力量を認めている彼だからこそ、『J』がノーマンだと知ると手のひらを返す貴族たちに対し、悔しい思いをしてきた。
初めて、弟のデザインが認められたことに喜びを感じる。
(それも、クラウベルク公爵家のご令嬢に…!)
オーナーは足早に弟を呼びに向かったのだった。
「——は、はじめまして。デザイナーのジェイです」
おどおどとした様子で俯きながらルクレツィアとディートリヒに挨拶する男は冴えない姿をしていた。
緊張のあまり、顔を上げられないジェイ。ノーマンの彼は今までにどれほど素晴らしいドレスをデザインしても、こうして貴族にお声がけして貰える機会が一切なかったのだ。
「貴方が『J』なのね。私、ジェイの服が気に入ったの」
ルクレツィアの言葉に感極まる。ジェイは頭を下げながら、彼女の鈴の転がるような愛らしい声で紡がれる言葉を頭の中で何度も反芻していた。
「顔をあげて、ジェイ」
「は、はいっ…!」
ジェイは緊張しながらも言われた通りに顔をあげる。そして、目を見開いた。
そこには、数多く見てきたどの貴婦人よりも美しく愛らしい少女が座っていて…。
(…女神だ…)
ジェイはその瞬間、身体中に稲妻で打たれたような衝撃を感じたのだ。
輝かんばかりの美貌を放つ少女、その横には美しい男性…そして、その後ろの窓には…。
(……トカゲ…?)
ジェイは自分の目を疑った。
「と、とと、トカゲ!? それもかなりデカいぞ!?」
青褪めた顔で叫び出すジェイに、ルクレツィアは驚きながらも後ろを振り返る。
するとそこには窓にべたりと腹這いに張り付いてこちらを恨めしそうに見つめる竜型ヴィレンの姿があった。
「ヴィレン!?」
ルクレツィアも驚いて彼の名を叫んでいた。
「———、——」
ヴィレンからぼそぼそと何やら声が聞こえてくる…。ガラス越しのため何と言っているのか聞き取りづらく、ルクレツィアは懸命に耳を澄ませてみる。
「ルーシー! 俺を置いてくなぁ!」
どうやらヴィレンは二人に置いていかれて寂しかったらしい。
人型になったヴィレンが店内に入ってきて、不機嫌な様子でルクレツィアの隣にドカッと腰を下ろす。
ルクレツィアが困った様子でヴィレンの機嫌を直そうと声を掛ける中、ディートリヒは呆れた表情で子供たちを眺めていた。そんな中、ジェイとオーナーはポカンと口を開けたまま固まっていた。
「ま、まさか…彼は竜なのですか!?」
オーナーの驚きにディートリヒは「そうだ」と短く返答をする。
オーナーはヴィレンが竜だという衝撃に驚き固まっていたのだが、ジェイは違った。
(…女神が…二人…!?)
ジェイは意識を取り戻すと、突然何も言わずに走り去っては店の奥へと姿を消した。
皆がジェイの奇行に驚く中、程なくして彼が腕いっぱいのドレスや紳士服を抱えて戻って来る。
「お、お二人にぜひっ、僕の作品を!」
そうしてジェイに渡されたのは、子供用のドレスと紳士服。二つは対になったお揃いのデザインで、あまりの可愛さにルクレツィアは目を奪われた。
「どうか、この服を着たお二人の姿を僕に見せてくださいませんか…!」
この二着はジェイの最高傑作だった。それに他にも自信作は山ほどある。
先ほどとは打って変わって目をギラギラとさせるジェイの勢いに負けたルクレツィアは、言われた通りドレスを試着する事にした。
お揃いの服を着たルクレツィアとヴィレンを見てジェイは感極まっていた。神に拝むよう両手を組んで、涙すら流している。
(これだ! 僕がずっと求めていたものは…!)
「可愛いけれど…このドレスは春夏用だし、寒い向こうでは着られないわね」
「そうか? 俺は平気だけど…」
竜の物差しで考えないで欲しい…と、反論する気も起きなくなるルクレツィア。
「残念だけれど、今日は冬服を買いに…」
「買おう」
ルクレツィアの言葉を遮って、ディートリヒが力強く言った。
ルクレツィアとヴィレンがディートリヒを見る。
「このドレスを着たルクレツィアが、恐ろしいほどに可愛い。だから買おう」
真顔の父にルクレツィアは思った。
(もしかしてお父様…顔に出ていないけど、人一倍ショッピングを楽しんでる…?)
彼女…いや、父親のショッピングはまだまだ続く…。
***
ここは年中、白薔薇が咲き誇るとある公爵家。
その美しい庭園では、数人の高貴な少女達が宝石のようなケーキやマカロンを囲んで、楽しそうに過ごしていた。
「——オルク伯爵令嬢。あのお話を皆さんにも聞かせて差し上げては?」
公爵令嬢エリーチカ・ヴァイスローズが茶会に参加するオルク伯爵令嬢に声を掛けた。
伯爵令嬢は「はい…」と答えると、とても悲しそうな表情を浮かべて、先日皇宮で出会ったルクレツィアとの事を誇張しながら話し始めた。
「ま、まぁ!? 皇后陛下と皇子殿下にそのような無礼を!?」
「ありえませんわ!」
彼女の話を聞き怒りを露わにする令嬢達が口々にルクレツィアへの不満を口にしていた。
無礼を働いたのはヴィレンなのだが、オルク伯爵令嬢は全てルクレツィアのせいにして皆に話して聞かせる。
「…私、あの方の鋭い目にいつも怯えてしまって…私が下の爵位の家柄だと馬鹿にしているんです。きっと…」
オルク伯爵令嬢はヴィレンとディートリヒについては敢えて話さなかった。
話してしまえば自分が、あの無能なノーマン公女の前で父親に無理やり頭を下げさせられた事まで話さなくてはならなくなりそうだったから。そんなの、彼女のプライドが許さなかった。
「下の家格って…ノーマンのくせに、何を偉そうに!」
一人の令嬢が顔を真っ赤にして憤っていた。
オルク伯爵令嬢は彼女たちに見えないようにニヤ…と笑って、エリーチカに視線を向ける。彼女の緑色の瞳と目が合った。
「私はあのような恐ろしい皇太子妃なんて…」
オルク伯爵令嬢は演技がかった声で皆に聞かせるように続ける。
「お仕えしたいと思えるか、不安ですわ!」
すると、周りから確かに…と同意する声が上がった。
「将来、魔術師である私たちがノーマンに頭を下げるなんて、屈辱すぎて耐えられません!」
「いくらクラウベルク公爵様の娘だとしても、これはあんまりだわ!」
オルク伯爵令嬢は心の中で、いいぞ。とほくそ笑んでいた。
(…そろそろかしら)
令嬢達の怒りを煽り、タイミングを見計らう彼女は次なる爆弾を投下する。
「私としては…エリーチカ様のようなお方が未来の皇后に相応しいお方だと思います…」
エリーチカの目は満足そうにオルク伯爵令嬢を見ていた。
令嬢達は頷いて、エリーチカを称賛した。
「白薔薇姫と名高いエリーチカ様以外にユーリ皇子殿下に釣り合うお方はいませんわ!」
絹糸のように独特な光沢と深みのある白い髪、そして目が醒めるように鮮やかな緑色の瞳。その地位も相まって、同年代のご令嬢達から絶大な支持と感心を得ている少女だ。
魔法の才もあり、美貌も備わっており、穏やかな性格で…ルクレツィアと同じ公爵令嬢でありながら正反対の彼女はよく比較対象とされ、そして称賛されてきた。
正義はエリーチカ、そして悪はルクレツィア。そんな風潮もある。
「…もう、よして下さいな皆さん」
満更でもない様子だが、建前上謙遜するエリーチカ。
「私、悔しいです! 父親が偉大な魔術師ってだけで、分不相応なものを手にする者がいることに! 立場ってものを分からせてやりたいです!」
演技の熱が入ったオルク伯爵令嬢が涙ながらに言うと、エリーチカは思わずニヤリと笑ってしまった。
「…では…」
エリーチカは歪んだ笑顔をレースで出来た扇子で隠しながら言う。
「もうすぐ我が家で開催するローズ・ガーデンパーティーに、ルクレツィア公女を招待して差し上げるのはどうでしょうか?」
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