第六話『遠出』
彼女にたずねる。
「君に頼んだものは、準備してくれたのかな?」
「したよ」
「浮き輪は?」
「したよ、あれは、きたいで膨らむんだよ」
「スイカは?」
「したよ、目を閉じれば、誘う声が聞こえるようだったよ」
「水着は?」
「ここじゃ見せられないな」
「なるほど」
「そんな事より、どこなの、ここは?」
「見ての通りのロッジだね」
「なんで!」
「海だなんて、一言もいってないよ」
「君は、アレを見て、なんとも思わないの?」
麦わら帽子にアロハを着こなし、海中眼鏡にシュノーケルまで装備したトロピカルタイプのツクモが、専用パラソルとビーチボールを抱えたまま、呆然と佇んでいる。
「割と、形から入るタイプだったんだね」
「言いたいことは、それだけかあ!」
「ツクモに海は無理だから、いくら全天候型でも、浮かびすらしないよ」
「でも、どうするのよ、ツクモが現実逃避を始めちゃったじゃない」
ゴムボートをひっぱりだしてきて、ジャバラな足踏みポンプをシュッコ、シュッコして、ふくためている。
「あれはきっと、流されないように、いかりを沈めるつもりだね、浮かばれない自分で」
「一体、どこに沈めるっていうのよ」
「じゃあ、行くよ、ツクモ、こっちにおいで」
しばらくすると、水音が聞こえてきて・・・
「ほら、ツクモ、見てごらん」
渓谷にたどり着く。
そこで、ツクモは、動かなくなってしまった。
岩の上から木漏れ日が注いで、キラキラと光る川面に、まるで見入っているみたいに。
その傍らにしゃがんで彼女が言った。
「来て良かったね」