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06:僕の名前は"クロード"


”クロード”

それが僕の名前だ。


僕は生まれたときから誰も近づかないような山奥にある小さな集落で育った。その集落はアヤ族にゆかりのある者たちが住む場所で、一族は古来より身を隠すように暮らしている。

かつてアヤ族は呪いを解く力を持っていたことから、多くの人々から欲され酷使されることが多かったそうだ。そんな経験から隠れて住みずらい山奥に住むことが常となっている。


現在アヤ族の人々で呪いを解く力を持つ者はほぼいない。

僕のお母さんも呪術を解く特殊能力はなく、他の親族も小さな呪術を解く能力くらいしかなかった。その中で僕だけは生まれつき強い力を持っていた。先祖のような大きな呪いも解ける能力だ。


しかし、そもそも現代に呪術の特殊能力を持つ人も少ないため、呪いにかけられた被害者も少ない。おかげで呪いを解く特殊能力者を必要とされることはほぼなく、アヤ族全体でももう身を隠して生活をする必要がないのではないかという考えに至りつつあった。


しかし、ある日を境に急に呪術を解く特殊能力を持つ可能性のある人が誘拐されるようになる。誘拐後、その人たちがどうなったのかは不明。


数少ないアヤ族は謎の誘拐者から逃げるために離散することとなった。

大きな力を持っている僕は母親と二人で共に身を隠す生活を続けるしかなかった。場所を特定されないように各地を点々とする生活は辛かったが、小さな集落を出て色々な景色を見ることは幼い僕にとって新鮮でもあり楽しかった。

そんな浮ついた気持ちを戒めるように身体が弱かった母親は点々と移動する生活に耐えられず少しずつ衰弱していった。幼かったとはいえ、僕は過去の自分に怒りを覚え恥じた。


お金を稼ぐ方法も少なく貧しい逃走生活が続き、やっとのことで遠い親族の元に辿り着いた数日後に母親は亡くなった。

母親は僕に「あなただけは生き残りなさい、負けないで。」と言って眠るように息を引き取ってしまった。


謎の追手が迫る中で母親の死を悲しむ時間も泣く、僕は親族に母親の埋葬と供養を頼みその場を去った。

親族に迷惑をかけないためにも、母親の遺言を守るためにも僕は逃げなければならなかった。

子どもである僕が普通に生活することはできず、結局は路上で静かに生活をすることになった。出来るだけ目立たない生活をしていたが、アヤ族が珍しいルビーのような赤い目を持っていたために子ども一人で逃げ切るには限界があった。捕まるのは時間の問題であったのだ。




呆気なく捕まった後、僕は貴族であろうお金持ちの家の地下に監禁された。

暗くジメジメした地下には本やベットしかない冷たい部屋、雨露を凌げ毎日食事を得られる生活は一見路上生活より良い生活に思えた。

しかし、部屋の中を確認できるのは日中の太陽が昇っている時間だけ、後は暗い部屋の中でいつ訪れるかわからない恐怖に怯えるばかりで頭がおかしくなりそうだった。母の遺言がなければ何もかも諦め死を選んでいただろう。


逃げようともしたが、鎖で繋がれた小さな身体で出来ることもほぼなく無意味に終わった。

暗闇に一人で閉じ込められるより怖かったことは、高価な服装をした貴族の中年男性が地下室にやって来ること。食事は生の野菜やパン、干し肉が1日に1度投げ入れられるだけで誰が入れているかはわからなかった。姿をはっきりと確認出来るのはその中年男性だけ。


中年男性は基本週に数回現れ自分の血を採取する。中年男性はよく外に出て仕事をしているようで、1週間程帰ってこないことも多々あった。

中年男性は呪いを解く血の精度を上げるために様々な切りつけ方や実験をした。その姿は専門家ではなく素人が実験しているようであった。より良い血を得るため以外には身体を傷つけれれることはなかったが、それでも血を何度も採取されるのは痛い。多くの血を取られると頭がくらくらするし気分も落ち込む。


中年男性は基本口を開くことはなく情報を得られることはなかったが、この男性自身が呪いをかけられているのではないかと感じた。

しかも多くの血を搾取しても終わりが見えない。相当大きな力で呪いを掛けられているのだろう。

男性は基本無表情だが時々必死な姿で血を求めているようにも見えた。




ある日を境にいつも静かな屋敷に音が増えた。

この地下は雑な作りのようで足音がよく響く。例の中年貴族男性がやってくる日は足音が多く使用人が忙しく動いているのがわかる。

そんな日々が一遍した。中年男性が現れない日にも聞こえる足音の量が増えたのだ。使用人がお世話をしなければいけない人が一人増えたようだ。

どんな高貴な人が住み始めたのかもわからないし、僕に何か変化が怒るわけでもない。音が増えても絶望は変わらなかった。


音が増えて暫くすると、使用人ではない足音が天井に近い鉄格子の窓の向こうに聞こえるようになる。ここの使用人は機械的で中年男性が現れる日以外は同じ時間に歩いていることが多い。しかし、その新しい足音は音を殺すような歩き方で、必ず使用人が歩かない時間に現れた。

新しい足音の主が敵かも味方かもわからないが、使用人がいない時間を狙って出歩いているのは確かだろう。


長い間どうすべきか悩んだが、僕は一縷の望みを掛けてその人物にコンタクトを取ってみることにした。大きな賭けではあったが、これ以上悪くなっても何も変わらない気がした。こんな地獄なような場所でも希望を感じたかったのだ。


この部屋にあった古いペンと本の紙を使ってメッセージを書くことにする。長い間逃亡生活をしたことやこの部屋の本を読み漁った経験からこの国の公用語を書くことは出来る。しかし、まだ恐怖心を持っていた僕はアヤ族の言葉で隠喩するようなメッセージを残すことにした。


”カラスの家”

もし誰かがこの紙に気付いたとしても、アヤ族の言葉では読解できないだろう。なんとか読解したとしても、カラスの家という言葉が何を意味するのかはアヤ族の歴史を知る者ではないと意味はわからない。


そんな言葉でメッセージを残すことは意味がない可能性が高かったのだが、まずはそれで様子を見たかった。僕が助かる道があるのなら奇跡が起こってほしいという願いもあった。


メッセージを書いた僕は小さな小石にその紙を包み、何度もチャレンジして高い鉄格子の外に投げ出そうとする。栄養失調気味で体力のない身体ではしんどかったが、なんとか外に投げ出すことに成功した。

外に投げ出した後はドキドキして気が気ではなく眠れない時間が続いた。

バレたら悪い方向に行くだろうし、寝ている間にその足元の主が来てコンタクトを取れなかったらせっかくの苦労も水の泡だ。



誰でも良いから僕のことを助けてくれ…‼



祈るように待つこと数日、その足元の主が現れた。

いつものように本を読んでいると、キャンディが落ちてきた。そして小さな足音が素早く遠のいていくのがわかる。

すぐにキャンディを拾い鉄格子を見上げるが、すでに鉄格子の外には人影はなかった。


僕のメッセージに気付いてくれたのだろうか?それとも偶然キャンディを落としただけ…?

何もわからなかったが、そのキャンディの味はとても甘く優しいものだった。久々に食べた甘味は自分にとって一生忘れられないものになった。

飴を食べ終えると、数日まともに眠っていなかったせいか大きな眠気が襲ってきた。


ガタンッ

地面に響く音で目が覚める。


扉の小窓から紙袋が投げ入れられたようだ。いつもの食事の時間らしい。紙袋にはパンが2つとハム、レタスが入っており、ミルクが入った瓶と水が入った瓶には布が巻き付けられ投げても割れないように工夫されている。まともな食事が出来るのがせめてもの救いだ。


いつもであればすぐに食事を取るところだが、今日は先にすることがある。紙袋の紙をちぎると、アヤ族の言語で”甘い おいしい”と書き鉄格子の外へ投げ入れたのだ。キャンディが最初のメモの返事かはわからないが、こうすることでまた希望を繋げるかもしれない。


時間を掛けてメモを投げ入れると、僕は食事を取ることにした。ミルクとパン1つ、ハムを少し食べると残りは明日の朝食べるためにとっておく。飲み終わった牛乳瓶はいつものようにドアの小窓の外に投げ出しておいた。そうすることで瓶を回収してくれるはずだ。以前使用済みの瓶を出さないと中年男性に怒られたので、飲んだらすぐに外に出さなければいけない。


食事を終えると、鉄格子から漏れる月明かりが照らされる場所に移動して膝を抱える。この暗さでは本を読むこともできないので、ただただ時間を待つしかできないのだ。いつもなら寝ている時間だが、先程起きたばかりなので寝ることもできない。


すると、かすかな足音が聞こえてきた。この忍び足は使用人のものではない。いつもは日中に聞こえることが多い足音の主がやってきたのだ。


僕はすぐに立ち上がり鉄格子を見上げる。

やはりあのメモに気付いてくれたのだろうか。

見上げていると鉄格子の半分が暗くなる。どうやらその人が座り込んだらしい。


一体何が起こるのだろうか…。

胸をドキドキさせていると、鉄格子を枝でとんとんと鳴らしているのが見えた。


しばらく様子を見ていると、僕は衝撃的な現実に言葉を失った。

何故ならその相手はアヤ族の言語の一つである指鳴りを使っていたからだ。


”オナカ スイタ?”


まさかこの人もアヤ族!?

僕以外にもアヤ族が監禁されているのか!?

いや、監禁されていたらこんなに自由に動いているわけがない。あの中年男性もアヤ族のことを一通り文献で勉強していたようだし、この人もそうなのだろうか。


それから、数日に一度その人は鉄格子の外にやってきてくれた。こちらのことを警戒しているようで、当たり障りのない会話しかできないが、ずっと一人だった僕にとってとても嬉しい出来事だった。

その人は薬やお菓子を差し入れてくれることもあり、少しでも僕を気遣ってくれている人がいるというだけで気持ちが楽になった。


何度か話してわかったことだが、その人はアヤ族ではなく文献で勉強した程度らしい。そのため、時々アヤ族の文法を間違って話している。この屋敷に住んでいるが、その人自身もわからないことが多いようだ。僕ほど行動を制限されているわけではないが、好きでこの屋敷に留まっている感じでもない。

警戒心は感じるが敵意は感じなかった。あの人も行動を制限されているみたいだし、僕を助けようとしたら罰を受けるのかもしれない。現状打破できるとは思っていないけど、あの人の存在があるだけで心が楽になった。




中年男性はいつも一人でやってくる。しかし、その日は違った。中年男性の後ろにもう一つ影があったのだ。

中年男性の持つランプに照らされている若い女性は天使や女神のような出で立ちをしていた。サラリと伸びたシルバーブロンドの髪に長く伸びた伏し目がちのまつ毛と瞳、肌も白く整った顔だ。いつもの男性同様に高価な服で身を包み、高貴で近寄りがたい雰囲気がある。歳は自分より上だろう。


その女性は僕を見ると、ほんの一瞬目を大きくした。しかしすぐに咳込みキャンディを口に放り込む。

そのキャンディの包み紙は見覚えのあるもので、ここ最近鉄格子から投げ込まれるキャンディと同じものだった。


まさかこの人が僕と秘密裏に会話していた人なのか…?

いや、この屋敷にいる時点で誰でもあのキャンディを食べる可能性はあるのか。


「アヤ族は知っているか?」

「…古代の少数民族ということだけ知っています。」

男性と女性が話している姿を見ていると、女性は男性に頭が上がらず物静かな感じだ。関係性はわからないが、男性はある程度女性のことを信用しているようだ。


この異常な光景においても女性の目は何も映していないかのようで感情が灯っていない。

そんな目で女性が僕を見て口を開く。

「公爵様のお考えはわかりました。それと私に何の関係があるのでしょうか?」


…この男、公爵だったのか。この国に3人しかいない公爵のうちの一人、とんでもない大物だ。


「そうだ。だからお前がこれに人並の幸せを与えろ。食事を与え、これの好きなことをさせれば簡単に幸福を得られるだろう。これが逃げないように監視しつつ、傍に置いておけ。戸籍上はこれはお前の弟ということになっているし、周囲の目からも不審に思われることはないはずだ。」


公爵が意外な言葉を放った。僕はようやくこの地下室から出ることが出来るらしい。しかも、公爵令息になるようで、この女性が姉となり僕を監視するようだ。


僕のメッセージに気付いてくれた人が公爵令嬢かもしれない…!?

公爵が地下室を去ると大きな錘が肩の上からなくなったように軽くなる。


足枷を外してくれる公爵令嬢は無表情で何を考えているのかわからない。


自分の味方か確認しなければ…‼


「あのっ…」

僕が声を掛けようと手を上げた時、彼女の無常な声が静かな部屋に響く。

「汚い手で触らないで。」

その声はとても冷たく触れられたわけでもないのに上げた手に痛みを感じた気がした。


この人も公爵と同じなのか…。

そう思ったものの、希望を捨てきれずその後も何度か声を掛けようとしたが彼女が優しく答えてくれることはなかった。

凄く悲しいが、まともな生活になるだけマシだと思うべきなのかもしれない。


ある部屋に着くと、僕は女性の指示で身体の汚れを落とすよう言われ浴室に入れられた。これまでは濡れタオルで身体を拭く程度だったので数年ぶりの入浴はとても清々しかった。何度洗っても汚れが出て来るので時間がかかり、全身が綺麗になった時には湯舟の湯が黒茶色に変色していた。その色を見ると自分が酷い状況にあったことを痛感する。


着ていた汚れた丈の短い服しかないのだが、着替えはどうしたら良いのだろうか…。

そんなことを考えていると突然浴室のドアが開く。慌てて大きなタオルで身体を隠しドアの方向を見ると、先の公爵令嬢が立っていた。


僕の身体は反射的に震えてしまう。また何か痛いことをされるのだろうか。


女性は荒々しくドアを閉めると、真っすぐに僕の方へ向かってきた。


「今までよく頑張ったね。ここは監視がないから普通に話せるの。」

令嬢の声はとても優しく、そっと抱きしめてくれた。温かい…。誰かに抱きしめてもらったのはお母さん以来だ。

やはりこの女性が僕と秘密裏に連絡を取ってくれていた人だったんだ。


その後、僕はアリアという義理の姉と彼女の部屋で一緒に過ごすことになった。人目がある場所では冷たい態度のアリアだが、監視の死角やこっそりと指鳴りを使うときはとても親切にしてくれた。

詳しい事情はわからないはアリアも急にブラックウェル公爵家の令嬢となり、ここで生活をしているらしい。


アリアとの生活はとても楽しいものであった。僕が少しでも快適な生活を遅れるようにたくさん手助けをしてくれる。

公爵は僕が幸せを感じる生活をさせたいことから、アリアは僕が勉強や運動が好きなことにしておくようアドバイスをくれた。知識と自分を守る力を得ることで非常事態に対処できるようにするための助言だ。

僕はアリアと生活することで以前の地下室で暮らしよりも遥かに幸福を感じていたので、血の質も落ちることはなくむしる上質になっていった。採血も以前とは異なり注射で行うために痛みも最小限だ。




「さて、今日の勉強はここまで。」

アリアはそう言うと教科書を閉じた。

公爵は僕が人と関わることを極端に嫌がるので、僕の身の回りの世話は全てアリアがしてくれている。勉強もその一つだ。剣術等の運動だけは騎士の一人が担ってくれている。


アリアは大きな部屋の一角にある本棚に向かい教科書を片づけに行く。

「僕がやります‼」

僕は早足でアリアを追うと、本棚の元へ向かった。

この本棚の一部が死角になっていて、監視者に声も届きにくい。


「今日もよく頑張ったね。」

アリアは周りを確認すると小さな声でそう言った。そして、頭を優しく撫でてくれる。

僕はこの時間が大好きだ。

アリアは僕のことをかなり年下の弟だと思っているようで、いつも子どものように接してくる。栄養失調気味で身体が小さいだけなのだが、庇護すべき子と思って優しくしてくれるのならこの勘違いも悪くない。


夕食もアリアの部屋に運ばれてくる。これまでとは比べ物にならない程豪華なメニューだ。

夕食を食べる場所は監視があるために素で声を出して話すことは出来ないが、食べ物を食べるフリをしてカトラリーで音を鳴らして指鳴りでの会話をしてくれる。


「クロードは本当に学習速度が早いね。」

「姉上が教えるの上手いからだよ。」

「このままだと教えることがなくなっちゃうよ。」

「そうなったら次は一緒に何か新しいことを勉強しよう。」


毎日そんな会話をしながら食事をすることが夢みたいだ。


食事を終えると入浴をし僕達は各々に好きなことをして時間を過ごす。

僕は絵を描いていることが多く、姉上は死角で筋トレをしたり何か薬草を調合していることが多い。


「あ、姉上…今日は一緒に眠りたいです。」

寝る時間が近づき、僕は遠慮がちにそう言った。監視があるので、アリアを怖がってはいるが唯一の頼れる人として甘えたい少年を演じる。この演技はアリアに教わったことだが、実際にアリアに甘えたい自分としてはとても嬉しい提案だった。


2週間に1度か2度一緒のベットで寝ることにしている。普段はアリアのベットの隣に設置された質素なベットが僕の寝床だ。同じ布団で寝るフリをして小声で話すことができるので時々一緒に寝るフリをするのだ。死角で話せる時間は限られているし、簡単な意思疎通のために考案された指鳴りで長い会話をするには限界がある。だから、甘えて一緒に寝るフリをして重要な会話等をするのだ。


「はぁ…先にベットに入ってなさい。」

監視の手前、アリアはいつもの無表情でため息をついた。


「ありがとうございます‼」

僕は深くお辞儀をすると、素早くアリアのベットに潜りこんだ。アリアのベットは僕のものよりふかふかで寝心地が良い。それにアリアはリンゴのような爽やかで甘い香りがする。その匂いが大好きだ。安心して眠ることができる。


アリアが寝る準備を終えると同じ布団に入ってきた。アリアは少し僕から距離のある場所で寝ているが、僕は様子を見つつ少しずつアリアに近づく。そして、アリアの手を握った。とても温かくて柔らかい手だ。

隣からすぐに寝息が聞こえる。その音を聞いて僕も静かに目を閉じた。


目を閉じて1時間が経った頃、握っているアリアの手の力が少し強くなった。監視の数が減ったという合図だ。アリアは特殊な訓練を受けたことがあるようで、監視者の動きを把握することができるらしい。僕も剣術を学んではいるが、アリアのように見えない監視者の動きを感じることは難しい。早くアリアのようになって自分もアリアの助けになりたい。


静かに目を開け横を見ると、アリアも美しい顔でこちらを見ていた。

「もう大丈夫、監視者は一人になったみたいだし、その一人もうたた寝してる。」

アリアが小さな声で囁く。

見えない監視者の動きまで把握するとはどんな耳をしているのだろうか。僕の心臓の音まで聞いていそうだ。


アリアは繋ぐ必要のなくなった手を離そうとするが、僕はそれを離すまいと少し力を強める。滅多にないアリアに長時間甘えられるチャンスだ、離れたくない。


「ふふ…本当にクロードは甘えん坊ね。」

「だって…。」

僕は恥ずかしくなって俯いた。


「最近の公爵様の様子はどうなの?」

気を取り直すように質問をする。これが一緒に寝る本来の目的だ。早く話を終わらせて思いきりアリアに甘えよう。


「特に変わりはないかな。定期的に渡している血にも満足しているみたい。ごめんね、クロードに辛い思いばかりさせて…」

アリアは泣きそうな表情で僕の頭を撫でる。


以前の待遇に比べたら今の採血は全く苦痛ではない。それにアリアとの生活に満足している。アヤ族を壊滅させた公爵のことは恨んでいるし彼の助けになることはしたくないのは確かだ。公爵がアヤ族狩りをしなければ母親はもう少し長生きできただろう。僕も独りぼっちでみじめな生活を送る必要はなかった。

でも公爵に復讐をしたいかと聞かれたら…それはよくわからない。幼い頃から逃げ隠れる生活だった僕は今のアリアとの生活に満足してしまっている。母親の言葉を忘れたわけではないが、どうすれば良いのかわからないのだ。


「それと…ちょっと問題が起きてしまって。」

そう言うアリアの表情は深刻だ。これまでこんな表情をしたことがないので驚いてしまう。


「ど、どうしたの…?」

「実は……私、首都に行くことになったの。ここを離れなきゃいけないのよ。」


「え…!?」

僕の時間が止まる。


「あ、姉上一人で行っちゃうの?僕を置いて?」

自分の声が震えるのがわかる。こんな地獄でアリアと離れて生活するなんて考えられない。


「うん、ごめんね。公爵の命令で社交界に出なきゃいけないの。そこで婚約者を見つけないといけなくて…。」

アリアが離れるだけでも嫌なのに、婚約者だなんて…誰かにアリアを取られるなんて絶対に嫌だ。アリアの手を握る力が自然と強くなる。


「本当にごめんなさい。私もクロードを置いてここに離れたくないのだけど、今は公爵の命を聞いておいた方がお互いのためだと思うの。」

アリアも断腸の思いで首都へ行くのだ。


その日、僕は寝ることが出来なかった。朝が来ても何も集中できず失敗ばかりだった。

僕がどれだけ抵抗しても意味はない、それがわかっているからこそ何をできない自分がもどかしかった。




どんな思いを持っていても時は刻まれ日は何度も昇る。アリアが首都へ移動する日はすぐに来てしまった。


保護者のいなくなった僕はまたあの地下室に戻された。

幸福が僕の血の質を上げることから以前よりは待遇が改善されたが、僕の気持ちは以前の地下生活より落ち込んでいる。一度幸せな時間を過ごしてしまうと、同じ地下室で過ごすにしても以前より色褪せてしまう。


どうしたらまたアリアと一緒に居れるのだろう…。

一人の地下室は…アリアのいないこの場所は暗闇に落ちてしまったようだ。出口は全く見えない。


それから僕は以前にも増して自分の殻に閉じこもるようになった。

豪勢な食事を出されても味があまりしないので食べたくない。食べるのはアリアがよくくれていたキャンディだけ。



アリア…君は今何をしているの?



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