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04:移動と出逢い


ブラックウェル家は表向き経済活動に全てを注力しているため、領民の管理は行っておらず全国各地に経済の拠点となる不動産を持っているくらいだ。

拠点のメイン(いわば本社)となる場所は外交の出入口でもある国内最大の港に配しており、そこがブラックウェル家の本宅となっている。アリアにとっては実家となる場所である。


アリアはブラックウェル家に連れ戻されて以来監視が強かったため、月虹祭以外でその家を離れたことがなかった。

逆に公爵は仕事で忙しいのかほぼ本宅にいることはない。




そしてこの度、アリアはそんな本宅から首都のタウンハウスに移ることとなった。タウンハウスとは首都に滞在するために建てられた別荘のようなもので、一般的には社交界シーズンに使用されることが多い。


アリアはボールドウィン家の次男との婚約を取り付けるために首都に送られたのだ。また、様々な貴族が集まる社交界で多くの貴族と関係性を築いたり、公爵にとって有利となる情報を集めるためでもある。

タウンハウスでもアリアに監視はつくだろうが、アリア単身で首都に向かうことを命じられたのは公爵の信頼を少しでも得られたからであろう。


アリアとしては、クロードと離れることは心配でならなかったが、公爵に反抗をしてもアリア自身にもクロードにとっても良いことはないだろう。質の良い血に固執している公爵は以前のようにクロードに酷い虐待を与えることもないはずだ。

とはいえ、クロードを救出する方法は早いうちに考えなくてはならない。アリア一人では限界があるため、誰か協力者を作る必要があるのだがどうしたものか…。


アリアはそんなことを考えながら、列車から見える景色を眺める。

現在は首都へと移動する列車の中で、メイド1名護衛2名と旅を一緒にしている。公爵家ということもあり、アリアは列車でも高級な個室を与えられた。移動にはほぼ半日かかるので、個室を与えられたのは非常にありがたい。


「そろそろかな…」

アリアはそう呟くと、つばの広い帽子を被り顔を隠せるようにした。静かに個室のドアは開けると、ドアの外には2名の護衛が虚ろな目で立っていた。アリアが部屋を出ても反応はしない。

もちろんアリアの仕業だ。ギルド時代に使っていた薬品を使い護衛の意識を一定時間消したのだ。身体は起きている状態で、意識だけはなくなっている状態になるとても都合の良い薬だ。


ブラックウェル家の使用人たちは皆公爵を恐れており、それぞれの私的な会話や交流も公私共に禁じられているために会話をすることは滅多にない。記憶を失っていた等という失態を公爵に知られたら命も危ないために、自身の記憶がなかったことを誰かに言うこともないだろう。


メイドには無理難題な命令をして部屋を離れさせたのでしばらく戻ることはないだろう。


さて、動き出しますか。

アリアは心の中でそう呟くと優雅に歩き始めた。


列車に乗ってから不審な影を感じる。複数人いるようで、おそらく2グループの影がある。

1つは自身についており、1つは殺気を帯びている。殺気は自身に向けられたものではないが、誰かが狙われているのは確かだ。


護衛に薬を盛った際に自分につく影に動きはなかったし、敵意は感じない。それが逆に不審だ。

それに殺気を帯びた影のグループ…この列車で何か起きるのかもしれない。何か起こった際にすぐに対処するためにも、列車内を調べておくべきだろう。

私が動くことで自身についている影も何かアクションを起こすかもしれない。


アリアがいる車両は貴族の個室が並んでおり、貴族自身が部屋の外に出ることは滅多になく出入りをしているのは使用人がほとんどだ。


ガラガラ…

隣の車両で台車をひく音が聞こえる。どこかの使用人が食事でも運んでいるのだろう。


音のする車両の方をこっそりと覗くと、そこには一人のメイドがぎこちない姿で台車をひいていた。台車には紅茶や焼き菓子がのっており、どこかの貴族のティータイムのためのものだろう。不自然にその車両には護衛が誰もいない。


メイドは足を止めると、数回周りを見渡した。そして、緊張で震える手でポケットから取り出した小瓶の液体をティーポットに入れた。

これは完全に事件の予感だ。


そのメイドは素早く空になった小瓶を窓の外に投げ捨てると、目の前の部屋の扉をノックした。

「お、お待たせ致しました。」

メイドは震える声でそう言って部屋に入る。


アリアは一瞬ためらったものの、目の前で毒らしきものを盛られる人を放っておくこともできない。

心を決めるとアリアはその部屋に向かい、大げさにドアを開けた。


「もーっ、私を置いて先にお茶会をはじめるなんて酷いじゃないですかぁ!」

頬を膨らませて言うアリア。


部屋にいた3人の人物は驚いた様子でアリアを見つめる。

一人は先程のメイドで、あとの二人は貴族のいでたちをしている若い男性たちだ。

まさにティータイムを始めるところだったらしく、若い男性二人はテーブルに向かい合って座っていた。

個室を手配できるということは、かなりの高位貴族のはずだ。


1人は上品な薄桃色の髪をしており、少し癖のあるふんわりとした毛。顔はとても整っており、たれ目でスラリとした細身、とても温厚で穏やかな印象を受ける。マイペースな性格なのか、驚きもそこそこに首をこてんと傾けてアリアを見つめていた。

薄桃色の髪の青年とは反して、とても驚いた顔をしているのがもう一人の男性だった。小柄でダークブラウンの短髪をした青年は目と鼻の周りのそばかすが印象的だった。


「なっ…」

そばかすの青年は声を出そうとしたとき、アリアは咄嗟に声を被せた。

この人が何か言う前に対処しなければ怪しまれる‼


「あれ?カップが一つ足りないですよ?それに私はアッサムティーが良いと伝えましたのに。」

アリアは微笑みながらも歩みを進め、メイドど青年たちの間に入った。

メイドの目は明らかに泳いでおり、震えている。


そこに畳みかけるように言うアリア。

「良かったら、あなたがこれを飲んで?勿体ないですし…。私のメイドがすぐにアッサムティーを持ってきてくださるから心配しなくても大丈夫よ。」

アリアはそう言うと手慣れた手つきでメイドの持っていたポットを奪い、カップに紅茶を注ぐ。すぐに室内には上品な紅茶な香りが充満した。

しかし、アリアはその紅茶の香りに混じって毒特有の匂いを感じ取っていた。

この香りは致死性の高い毒殺薬、やはり暗殺をするつもりだったのか。


「あのっ…えっと…」

メイドの震えはさらに強くなり、目には涙が溜まっている。

そばかすの男性も異常を感じ取ったようで、勢いよく立ち上がった。


「おまえっ、まさかっ…」

そばかすの男性が詰め寄ろうとしたときだった。

メイドの後ろの扉から黒づくめでガタイの良い男が勢いよく入って来る。その手には大きな剣が握られており、こちらを向けて振りかぶってくる。

この太刀を受けるとメイドはもちろんのこと、この部屋にいる皆が無事では済まないだろう。かなりの手練れだ。


ガッ

「キャァッ‼」


アリアは即座にメイドの足をひっかけ地面に倒れさせると、手に持っていたカップを男に向けて投げつけた。

バシャアッ

「うぐっ…」

紅茶が目に入ったようで、男は大きな剣を地面に落とし目を押さえながら膝をつく。


その隙に着ていたドレスの裾を縦に破り常備していた短剣を両手に持ち、躊躇うことなく男の肩に短刀を刺した。鮮血が飛び散り、大柄の男は大きな音を立てて倒れた。


「早く目の洗浄をしないと毒で失明しますよ…って言っても聞こえてないか。」

血を浴びて冷静に言い放つアリアの足元では男が気を失い倒れている。


「うっ…何がっ…」

トスッ

バタンッ

メイドは起き上がろうとした際にアリアに手刀を叩き込まれ気を失い地面に倒れた。


アリアが男性二人の方へ振り向くと、あんぐりと口を開けたそばかす男と先程と変わらずのんびりとした様子でいる薄桃色の髪の男。

この状況で反応をしないとは凄いな…薄桃色の髪の男を見てそんなことを思った時、二人の後ろの窓にまた黒い人が見えた。走っている列車の外から窓にしがみついているらしい。そんな男の手には一丁のピストル、銃口は薄桃色の髪の男に向いていた。


「頭下げて‼」

アリアはそう叫ぶと、手に持っていた短刀を勢いよく投げる。


ガッシャァァァアン

アリアの投げた短刀は窓を突き破り男に命中、男はそのまま叫び声と共に列車から投げ出されていった。


部屋はガラスや食器が散乱し、2人が倒れ血も飛び散っていた。


突然の出来事に誰も言葉を発することはなく、窓から入る風と列車の走る音だけが響いていた。

他にも殺気を帯びた影が数人いたはずだが、なぜかその影ももういなくなっている。


この気まずい空気を破ったのは薄桃色の髪の男のおっとりとした声であった。

「アリア・ブラックウェル公爵令嬢だよね?」


「「えええええ!?」」

アリアとそばかすの男が同時に驚きの声をあげた。

そばかす男はアリアの正体がブラックウェル公爵令嬢であることに驚き、アリアは一瞬で正体を当てられたことに驚いている。


「あ、あの…ちがっ…」

ギルドで身を隠し潜入をしてきたアリア。幾度の修羅場をくぐってきたが、一瞬で正体を見破られたのは初めてで戸惑ってしまう。上手く返事が出来ない。


「どう見ても貴族令嬢の動きじゃないだろ!?騎士が令嬢に扮してるとかじゃないのか!?」

そばかすの男がそう言うのも無理はない。

普通の令嬢はティータイムに乱入しないし、ドレスの下にナイフも隠していなければ、人にナイフを突き刺したりもしない。


「でも、月虹祭の夜会でもいたよ?」

平然と答える薄桃色髪の男。


な、なんだとぉ!?あの夜会に参加したほとんどの男と挨拶を交わしたけど、こんな桃色頭見覚えないが!?


「はぁ?お前面倒くさがってほぼ会場にいなかったじゃねぇか。」

そばかす男が言う。

どうやらこのそばかす男も会場にいたらしいが、アリアに見覚えはない。アリアが自分から挨拶をする前にほとんどの男性貴族がアリアの元へ来てくれていたので、アリアが自分から誰かの元へ行くことはなかったため、自身の元に来ていない貴族に見覚えはない。


「急に天から舞い降りて、襲ってきた男の首を搔っ切って颯爽と走り去って行ったんだよ。」


それもお前だったんかいぃぃい‼

まさか月虹祭で偶然助けた男性貴族もこいつだったとは…やばい、偶然ナイフを振り回したら相手をやっつけてしまいました☆では誤魔化せない。


「えっ、前言ってた殺戮の天使もこの人!?」


いやいや、殺戮の天使ってそのダサい名前何!?


「うん、そうなんだ。後から夜会の参加名簿を確認して、知らない女性貴族はアリア・ブラックウェル公爵令嬢だけだったんだ。」

「まぁ、女性貴族は皆お前に挨拶したがるもんな…。」

薄桃色髪の男は顔が整っているので多くの女性がやってくるのも頷ける。


想定外の事態でどうこの場を切り抜けようか頭を高速回転させているアリアは黙ったまま動かない。


「あ、自己紹介遅れたね。何度も助けてくれてありがとう。僕の名前はアルフレッド・ボールドウィン、彼の名前はルイス・ハワード。」

薄桃色の髪の男が自身とそばかす男を指して言う。


その言葉にアリアはさらなる衝撃を受けた。

アルフレッド・ボールドウィンはまさにアリアが公爵から婚約を漕ぎ着けろと命じられている相手であり、王国第三の権力を持つボールドウィン伯爵家の次男だ。


アルフレッド・ボールドウィンはとても不思議な空気を纏っており、一般的な貴族のように権力争いやお金に興味がないことで有名だ。その一方で王国始まって以来の天才と言われており、容姿も優れているために彼とお近づきになりたい貴族は絶えない。アルフレッド・ボールドウィンはマイペースな性格であまり周りのことに頓着なく、貴族には珍しく20代になってもまだ婚約者すらいない。


そばかすを携えた小柄の男の名前はルイス・ハワード、王国に3つしかない公爵家の一つがハワード家で代々政治を統括している。確かハワード家の長男が家督を継ぐことが決定されており、次男はすでに後継者争いから降りていたはずだ。


これは非常にやばい。婚約者になるのが難関と言われていたアルフレッド・ボールドウィン、ただでさえ婚約に漕ぎ着けることが難しいというのに、まさか大立ち回りを見せた相手がターゲットだったとは…。


一般的にアリアのようにドレスを破り大立ち回りをする令嬢は男性に好かれることはない。非常にまずい状況だ。か弱く守られる存在、華麗な淑女が求められる。


婚約が駄目になると、これまで築いてきた公爵からの信頼も崩れ落ちてしまう。

さすがの異常事態にアリアは硬直することしか出来ず、顔面を蒼白にし下を向いている。冷や汗が止まらず、頬から一筋の汗が顎に向けて流れる。


「大丈夫?」

それに気付いたアルフレッドは胸元からハンカチを取り出し、アリアの頬の汗をぬぐおうとした。


そのときのことだった。


バァンッ


「お姉ちゃんに触るなぁぁあああっ‼」

突然ドアが強く開き、おかっぱ黒髪で小柄な女の子が勢いよく部屋に入ってきた。

そして、即座にアリアに抱き着き自身の服の袖でアリアの頬の汗を拭う。

アルフレッドに敵意剥き出しで、その姿は威嚇する猫のようだった。


「おい、入っちゃ駄目だって言っただろ…」

抑揚のない低い声の方を見ると、筋肉質で大きな身体をした紺色の短髪男が立っていた。

男の後ろには複数の黒づくめの男たちが倒れている。


「やっぱりルナとギルだったか…」

アリアが二人を見て、一つため息を吐いた。


「そのリンゴを模した地球儀のタトゥーは有名ギルドのアップルシード⁉」

ルイスがギルの腕のタトゥーを見て声をあげる。


もう一つの影はギルド時代の友人たちであったようだ。

ルナという名前の女の子は150㎝の小柄な体型をしており、目はまん丸で庇護欲をかきたてる小動物のような見た目だ。年齢は18歳程で、アリアとともに生活をしていた妹のような存在であった。


一方のギルというあだ名で呼ばれる男性の名前はギルバード、身長は190㎝程でガタイも良く、年齢はアリアと同じ24歳である。アップルシードに所属しており、アリアとは親友のような存在であった。


アリアが突如居なくなったことでルナが騒ぎ、それを見かねたギルがルナと共にアリアを探していたのだ。アリアの行く先がブラックウェル公爵家だと突き止めたのはいいものの、アリアが鉄壁のブラックウェル家から出てこないためにずっと公爵家の近くで潜伏していたのだ。やっとのことで公爵家から出たアリアの後をつけ、列車の中でのアリアの動向を監視していたのである。


アリアが黒づくめの男たちに反撃したのを見て、ギルも残りの暗殺者達を気絶させたのだ。


旧知の二人を見て気が抜けたアリア。

一息つくとアリアはルナの頭を優しく撫でながら言う。

「大体の状況は理解した。ひとまずルナとギルは転がってるやつらの処理をお願い。話はその後ね。」

二人はアリアの言葉に頷くと手慣れた様子で室内の血を拭きとり、メイドや黒づくめの男たちを連れて出て行った。


二人が出て行き、扉が閉まるのを確認するとアリアはアルフレッドとルイスに向きなおった。

覚悟を決めたアリアは優雅にスカートの裾を持ち、貴族淑女のお手本のような挨拶をした。

「ご挨拶遅れまして申し訳ございません。ブラックウェル家長女アリアと申します。」

ドレスに返り血が飛び散り、ドレスが破けていなかったら皆が認める完璧な挨拶だったであろう。


ルイスは異様な光景に絶句していたが、アルフレッドは相変わらずおっとりとした表情のままである。

「紅茶冷めちゃったし、新しいのを飲みながらお話しようか。二度も命を救ってもらった人をこのまま帰すわけにはいかないよ。」

アルフレッドが微笑んでそう言うと、アリアをエスコートして椅子に座らせた。


「ルイス、アッサムティーを持ってきてくれるかな?」

「いやいや、この状況が変だと思うのは俺だけなの!?持ってくるけどさ‼」

ルイスはそう言うとすぐに部屋を出た。


流されて席についてしまったアリア。アルフレッドはにこにこアリアを見ているだけだ。

さすがは不思議ちゃんの異名を持つアルフレッド、この状況にも動じていないらしい。


アリアはルイスがお茶を持ってくるまでの間に考えをまとめようとする。

自分の大立ち回りを見られたとは言え、アリアはアルフレッドの命の恩人であることに変わりはない。このことを利用してなんとかこの場を切り抜けなければ…。


ルイスがお茶を持って戻って来ると3人は席に着いた。

最初に口を開いたのはまたもやアルフレッドであった。

「そんなに考え込まなくても大丈夫だよ。君は僕の命の恩人だし、今回や月虹祭でのことは他言しないと誓うよ。」


「へっ!?」

願ってもない言葉に拍子抜けするアリア。

アルフレッドがそう言ってくれることはありがたいが、こんな口約束だけでは心もとないのも確かだ。


「変わりに僕の秘密も教えるよ。」

「おいっ!」

その言葉を聞いてルイスが反応し静止するような素振りを見せる。


アルフレッドはルイスを無視すると、アリアの手を取った。

「何をっ…」

突然のことにアリアが手を引っ込めようとしたとき、アルフレッドの手から柔らかい光が放たれた。

アリアは先程の戦闘で手を負傷していたようで血が流れていたのだが、アルフレッドの放つ光によって怪我がみるみるうちに治癒される。そして一瞬でアリアの手から傷は消えてしまったのだ。


「これは…特殊能力!?」

アリアが驚きの声をあげる。

治癒の特殊能力はとても稀で、その能力を持っていたとしても悪用されることが多いために公表することはまずない。

がっくりと肩を落とすルイスの姿を見ても、この能力がいかに貴重で隠されてきたものであるかわかる。


ルイス以上にがっくりとしたのはアリアだ。

いやいや、その能力あるなら私の助けがなくても大丈夫だったじゃん‼道理で何度も命狙われてるだろうにのほほんとしてると思った‼


命の恩人というカードも失ったアリアは事情を一部説明することにした。

もうなるようになれという気持ちになったのだ。


自身の生い立ちや最近になってブラックウェル家の長女として生活するようになったこと、公爵の命により貴族の情報を集めたり婚約者を探していることを二人に告げた。

しかし、アルフレッドを婚約者として射止めるよう言われているのは隠し、アルフレッドの正体は知らずに身体が勝手に動いて助けてしまったということにした。重要なことは言っていないだけで、他は嘘をついていない。


「そんなことが実際にあるのか…」

アリアの告白を聞いて絶句するルイス。

いくら秘密の多いブラックウェル家と言っても、このような裏事情があるとは思っていなかったのだ。


アルフレッドは穏やかな表情は変わらぬまま話を聞いていたが、少し考えた後にこう言った。

「じゃあ、僕が婚約者になるのはどう?」


「「ええっ!?」」

アリアとルイスがまたもやアルフレッドの言葉に驚きの声を出す。

アリアにとって願ってもない提案であるが、この秀才の考えていることは全くわからない。


「だって公爵の言う婚約相手に僕は適任じゃない?国内で一番多く領土を持ってるし、権力も強いボールドウィン家の次男だし。」

アルフレッドが平然と言う。


「そ、それはそうですけど…貴方はそれで良いんですか?」

アリアがアルフレッドと婚約するということは、ボールドウィン家の情報を危険なブラックウェル公爵に渡されるということを意味する。アルフレッドにとって良い提案だとは思えない。


「うん、婚約する変わりに僕のことを守って欲しいんだ。僕は治癒能力で命を落とす確率は低いけど、それでも攻撃されると痛いし、自分の能力をずっと使ってると暗殺者側に怪しまれるし。」

確かにずっと治癒能力を使っていると、暗殺者側も殺せないアルフレッドに不審を抱き治癒能力のことがバレてしまうかもしれない。

っていうか、誰が何の目的でアルフレッドを暗殺しようとしているのか…。


「でも、いくら婚約者と言えどずっと貴方の傍にいるわけではないですし…」

「それがね、僕の婚約者になると嫌でも一緒にいることになるんだよ。」

「と、言いますと?」

「今ボールドウィン家では後継者を決める時期にあるんだ。つまり、僕か兄かどちらかが家督を継ぐことになるんだけど、その一環で婚約者は僕が管理している領地で暮らしてもらうことになっている。」


アルフレッドの話を要約するとこうだ。

ボールドウィン家は大きな領土を有しており、その管理が出来るかが重要になってくる。後継者を決める際に試験として、後継者候補それぞれに領地の一部を管理させ、能力を見極める試験をしているとのこと。

広大な領地を管理する妻にも多くの能力が求められ、婚約者のうちから試験的に与えられた領地で女主人としてやっていけるか見られるそうだ。

アルフレッドは後継者の座に興味がなく、これまで命の危険が及ぶかもしれない婚約者も取っていなかったのだが、この制度を利用してアリアを傍に置くことで身を守りたいようだ。


暗殺を仕向けているのは兄で、秀才のアルフレッドをずっと目の敵にしているらしい。公爵の情報によるとボールドウィン家の長男は利己的で野心家、目先の利益に飛びつく馬鹿とのこと。

だからこそ、公爵としては操りやすい兄をボールドウィン家のトップとし、秀才のアルフレッドを入り婿としてブラックウェル家で飼いならしたいらしい。

ブラックウェル家もボールドウィン家も家族の命をなんとも思わない殺伐としたものだ。


「女性だと暗殺者も警戒し辛いと思うし、ボールドウィン家の情報も大きなものでなければ流してくれても良いしどうかな?」

たたみかけるように言うアルフレッド。


確かにアリアにとっても非常に良い提案だ。

ボールドウィン家の情報は兄に関するものを公爵に渡せばさほど問題はないだろうし、何より公爵家を離れて生活が出来ることが助かる。上手くいけば、弟を公爵家の地下から引き離すことができるかもしれない。


「よろしくお願いいたします‼」

アリアがそう答えるのは必然だった。

その答えにアルフレッドは微笑む。

黙ってい聞いているルイスも反対はしないようで、二人の様子を見守っていた。

秀才のアルフレッドの考えは凡人にはわからないことが多いが、彼の選択で悪い方向にいくことはまずない。


二人の話がまとまり、アリアが冷めた紅茶を口にしたとき扉のノック音がした。

この独特なノックの仕方はアップルシードで使われているもので、ルナとギルが戻ってきたようだ。


ルイスが扉を開けると、ルナが飛び込んできてすぐにアリアに抱き着いた。

久しぶりのアリアと離れるのが惜しいらしく、目は潤んでいて涙を我慢しているようだ。

姉のように慕っていたアリアが突如居なくなり、これまでルナにとっても苦しい時間を過ごしてきたため無理はない。

それはアリアも同じで、暫くルナを抱きしめた。

正直泣きそうになったが、ここで泣くわけにはいかない。


アリアは顔を上げると、互いの自己紹介をした。

「こちらはボールドウィン家ご令息アルフレッド様、そしてこちらの方はハワード家ご令息のルイス様。そして、私は元アップルシード第一部隊所属のアリア、今はブラックウェル家令嬢で本名はアリア・ブラックウェルよ。まぁ、ルナとギルも私のこと必死に調べてここまで来たみたいだから私のことはもうわかってるでしょうけど。」

その言葉にギルとルナは力強く頷いた。さすがアップルシードメンバーと準メンバーだ。


「えっ、第一部隊!?」

驚きの声を上げたのはルイスだった。

ルイスが驚くことは無理もない。国内最大のギルドのアップルシードは雑用になることすら難しいと言われている。そのアップルシードの中で最難関と言われるのが諜報活動をメインとする第一部隊だ。第一部隊はターゲットに己の身を晒しながら、潜入しつつ情報を収集する。心身面の強さはもちろんのこと、高度な演技力等様々な能力が求められるのだ。

アップルシードは多くの貴族も利用しており、このギルドを知らない者はいない。


「第一部隊のアリア…もしかして次期隊長って君のこと?」

「えっ…」

そう尋ねるのはアルフレッドで、またもや驚いているのはルイスだ。


そして元気よく答えるのはルナ。

「アリアお姉ちゃんは本当に凄いんだから‼若くしてアップルシードにスカウトされて、それからは百戦錬磨の大活躍‼文武両道で貴族のマナーも知っているからどこにでも潜入できるの‼そのうえすっごく美人‼身体の線は細いのに、小柄な身体を活かした身軽な戦闘スタイルは女性の誰もが憧れてたわ‼」

「ちょ、そのくらいで…」

ルナの姉自慢は留まることを知らず、アリアは顔を真っ赤にして制止する。


そこで割って入ってきたのはギルだ。

「…配属先を決めるときも情報収集チームの第一部隊か暗殺チームの第二部隊かで揉めたもんな。」

「そうそう‼どっちの隊長もお姉ちゃんが欲しすぎて、殴り合い始めちゃったもんね‼」


「何で暗殺より情報収集が上の部隊なの?」

アリアの制止を気にせずに、アルフレッドも会話に入ってきた。


「情報収集は長い間身を隠しつつ敵陣にいなきゃいけないけど、暗殺はターゲットを殺したら即退散で簡単なんだよ。」

「いやいや、暗殺が簡単って…」

ギルの言葉にルイスがつっこみを入れる。


「ストーーーップ‼」

収拾がつかなくなってきた会話にアリアが割って入る。


「私の話はもう良いんで、ルナとギルの紹介をさせてください。」

アリアは自分に注目が集まることに慣れていないのだ。


「この子がルナ、私の妹でアップルシードの準メンバーってところです。こっちの大きいのがアップルシードの第二部隊暗殺チーム所属のギルバード…なんだけど、二人はちゃんとボスに断って私のところに来たんだよね?」

そう尋ねるアリアの方をあからさまに見ようとしないルナとギル。


アリアが突如姿を消したことに加え、ギルの失踪。アップルシードはてんやわんやしているに違いない。

アリアは大きなため息をついた。

アップルシードのボスにはギルを通して事情を説明する方が良いだろう。ボス程敵に回すと怖い人はいない。それにボスは自身の考える正義に反する依頼は絶対に受けず、一本筋の通った人だ。ボスの考える正義に共感した部分があり、アリアもアップルシードに所属していた節がある。

それにちょうど公爵と対峙するのに秘密裏に動くことのできる優秀な人物が必要だと考えていたところだ。ギルは暗殺部隊にいることもあり特別戦闘能力が高く、ルナもアップルシードの正式な一員ではないもののアリアの元で潜入捜査をやってきた経験がある。何より二人は絶対にアリアのことを裏切らず、ともに戦ってくれる仲間だ。

アリアからアップルシードへ正式な依頼をすることでギル(とルナ)を雇うとするのが良いだろう。


「じゃあ僕が正式にアップルシードに依頼するのはどうだろう?」

アルフレッドがアリアの心を見透かしたように言う。


その言葉に皆が注目する。

「二人とも表向きは僕の領地で働けばいいよ。ルナさんはメイド、ギルバードさんは護衛騎士。アリア嬢は後々僕の領地で過ごすことになるし、ボールドウィン家で雇うならブラックウェル家を通さなくてもアリア嬢の傍にいれるだろう?」


「いいの!?」

「いいんですか?」

願ってもない提案にルナとアリアの目が輝く。


「うん、そのほうが僕も助かるし。ルイス、アップルシードへの依頼は頼んだよ。」

「はいはい。」

ルイスは頭をかきながら答えた。

ルイスはアルフレッドの親友であり秘書でもあるようだ。


「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらいます。ルナ、ギル、一度アップルシードに戻って準備をお願い。」

「「了解」」

ルナとギルは元気のそう答えるとその場を離れた。

嬉しい提案にいてもたっても居られずいち早くアップルシードのアジトに戻るために列車を飛び降りたらしい。ギルがいるので問題はないだろうが、そこまで無理して急がなくても…。


その後、簡単に今後のことを打合せするとアリアは自身の部屋へと戻って行った。

波乱だらけの列車移動であったが、幸運にもたくさんの仲間を作ることができた。

正直まだアルフレッドやルイスのことを信じ切ることはできないが、現時点で最善の行動はとれたように思う。

これからアルフレッドとは恋人として会うことも増えるので、その時間であの不思議な男を見極めることとしよう。


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