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02:私の名前は"アリア"


”アリア”

自身について知っているのは名前だけだった。




物心がついたときには養護施設にいた。

山奥にある養護施設で育ち街に出たことはなく、その養護施設だけが世界の全てだった。

毎日簡単な勉強と家事、農作業、少しの自由時間では同じ養護施設の子どもたちと遊んだ。

親という存在がどのようなものなのかは知らないが、施設で私の世話をしてくれる大人から愛情を感じたことはなかった。

過度な暴力等はなかったが、マニュアル通りにただ機械的に躾をされているように感じた。




6歳になると海外の全寮制の学校に入学させられた。

同じ養護施設の子たちはいない。

自分だけがその学校に行くらしい。

その学校では同世代の子どもたちがたくさんいたが、自分は一人だけで授業を受けた。

他の同級生たちはみんな同じ教室で授業を受けるらしいが、私は一人だった。

毎日自分の部屋に各教科の先生がやってきて色々なことを学ぶ。

その中には貴族のマナー教育等もあったが、何故学ぶのか聞いてみても先生が答えをくれることはなかった。

外に出れるのは護身術や剣術を学ぶときだけで先生との時間以外は孤独だ。

それが初等部から高等部まで12年間続いた。

その時間は養護施設にいた時間より遥かに長く、気が遠くなるものであった。

そのため実はこっそり街に出ていたこともあるが、それは誰にも内緒だ。街に出る時間がなければ、きっと私は壊れていただろう。




18歳で全ての教育課程を終えると、私は正式に外の世界に出ることができた。

しかし、それだけだった。

寮の荷物を全て片付け大きな荷物を持った私は他の寮生同様に寮の出入り口で迎えにきてくれる人を待った。多くの同級生達は家族との再会に喜び、笑顔で去っていく。

その声は徐々に減っていき、ついに私の周りには静寂が訪れた。

先程までの喧噪は嘘のように殺風景な景色が広がる。

何時間待っても何日待っても私は変わらず一人だった。

保護者が迎えにきてくれるわけもなく、ただただ一人で呆然とするだけだった。

養護施設にいるときはわからなかったが、学校に入学させられたことではっきりと自分には学費を支払ってくれる保護者ないしは支援者がいると理解した。

養護施設のときも在学中も一度も連絡はこなかったが、自分には陰ながら支えてくれている人がいると思っていた。

どこかに存在する保護者が自分にとっての唯一の光だったのだ。

卒業が待ち遠しく、楽しみで仕方なかった。

卒業後には迎えが来て抱きしめてくれる人がいると信じてやまなかった。

しかし、現実は今まで通り音沙汰なし。迎えがないどころか放置されたままだったのだ。

どうしたらいいのかわからない。

私は何のためにこれまでの人生を生きてきたのだろうか。

何か失敗をしたから捨てられたのだろうか。

籍の置いていない自分がこの国に滞在することも出来ず、なけなしのお金で母国に帰国するしかなかった。

長年海外の寮内の小さな世界で過ごしてきた私には母国でも知り合いもおらず、保護者を見つけることはできなかった。




すぐにお金も底を尽き、小さなギルドで下働きをするようになった。

自分や自分の保護者の情報が得られるかもしれないと思ったのもギルドを選んだ理由の1つだ。

19歳になる頃にはギルドの中核的存在となっていた。

幸いにも長年教育を受け、身体能力も高かった私はギルドで重宝された。

その後、最大手ギルドであるアップルシードに引き抜かれることとなる。

アップルシードは国内最大級のギルドであり、町内のお手伝いから暗殺まで多岐にわたる依頼を受け付けている。

規模だけでなく実力も高く、雑用として働くことすら狭き門となっている。

アップルシードは1~10番の隊で構成されており、数字が若いほどギルドメンバーに要求されるレベルが高い。

私は1番隊の情報収集チームや2番隊の暗殺チームで取り合いになったようだが、自身の希望で1番隊に所属することとなった。

戦闘能力が高く様々な場所に潜入することが出来る女性はとても貴重で私は重宝された。

自分の知りたい情報は何も得られなかったが、ギルドではどんどん功績をあげていき、23歳になる頃には一番隊隊長に最年少で内定をしたのだった。

孤独を感じて生きてきた私にとって、ギルドでの毎日はとても楽しく必要とされることがうれしかった。




しかし、隊長就任を目前に忽然と姿を消すこととなった。

気付けばブラックウェル家に連れて行かれ、これまで知りたいと願い続けてきた自身のことを知ることとなったのだ。


私は武闘派が集まるアップルシードの中でも戦闘スキルは上位だった。女性の身では力押しには限界があるので、身軽な動きと毒を扱うことで大きな体格の相手にも対処してきた。戦闘中やむを得ず自分のナイフに塗った毒が自身の身体につくこともあったので、一通りの毒には免疫を持つよう苦しい訓練にも耐えた。

そんな私が武力も大して持っていないはずのブラックウェル公爵家に拉致をされてしまった。味方だと思っていた同僚に裏切られたのだ。


気がつくと身体を縛られ、ウォルター・ブラックウェル公爵の前に跪かされていた。

とても冷たい表情で心がないような言動、公爵は世間では穏和な紳士だと言われているがそんな片鱗は全くなかった。


彼は言った。

"アリア"、それは自分が名付けた名だと。

お前は私の娘であると。

他にも多くの子がいたが合格したのはお前だけだと。


ずっと探し求めていた家族がブラックウェル公爵だなんて理解が追いつかない。家族に会えたら言いたいことはたくさんあった。

何故一度も会いにきてくれなかったの?

私は捨てられた子なの?

何か事情があって迎えに来れなかっただけだよね?


しかし、公爵を前にすると全ての問いが意味をなさないものだと悟った。私はただの道具で必要になったから陽の目を見ているだけ。不用になったら捨てられるだけの存在だ。

それならずっと陽の目なんて見なくてよかった。捨てられたままで良かった。

やっとギルドで家族のような仲間が出来て憧れた日々がやってきたのに、また私は孤独になった。


公爵の邸宅でも私は一人だった。

本館の離れにある小さな屋敷に閉じ込められ、毎日淑女としての教育を受けさせられる。教師となる人の身元もわからない。学びに関わる話以外は禁句だ。

自身を美しく見せるためにエステ等の美容も強いられた。食事制限、小まめな肌や髪のケア、周りを魅了する立ち振る舞い…これまで美容に全く興味のなかった私にはこれが一番辛い時間だったのかもしれない。


言われたことをする毎日の中で、私が公爵と面会するのは週に一度のみ。嬉しいという感情は毛頭もなかったが、おかげでわかったことも多くある。

公爵は感情を排除しており、他者に対する共感性は皆無。

金が全てだと思っており、現在国内の経済を一手に担っているのにも関わらずさらなる金を求めている。

人は誰でも金で動くと考えている。

野心家で現状には満足せず、王国よりも大きな力を手に入れようとしているように感じた。


だから私は公爵が好む人間を演じることにした。

お金が大好きで、これまで苦しい生活をしてきたからこそ多くの金を得て楽な生活をしたいと考えている。

自分の意志は曲げず、自分の目的は達成するためならば躊躇いなく他者を利用する。

自分の全ての行動は自分の思い描いた目的を達成するための布石。

自他の情に流されないからこそ、公爵に好まれる。

自分のために公爵をも利用する野心家だからこそ公爵が操りやすい道具。


公爵は私について知っていることは限定的なようだった。

養護施設に私を預けたときから定期的に私の動向は報告されていたらしい。

学校卒業後も私が自力で何をするのか見ていたとのこと。いわば公爵からの試験だったのだ。

一人になった私は自力で帰国しギルドに入ることで生きながらえた。

自分の家族を探すために奔走していた。

公爵はそんな私の根性と忍耐、自身で考えて行動する力を気に入ったらしい。

もし気に入らなかったら子として籍に入れることはせず放置してそれで終わりだ。

雑用にすらなるのが難しいと言われるアップルシードに属していたことも大きなポイントだった。

アップルシードは機密性の高い組織なので公爵の力でもギルド内での私の素性はわかることが少なかったらしい。

どこから得た偽情報なのかわからないが、私はアップルシードで事務処理に特化した仕事をしていたとの認識でいるようだ。

自身の身体能力や毒の耐性について知られても良いことはないのでこのまま黙っていた方が良いだろう。


公爵から逃げるだけなら、少し無理をすれば簡単に実現するだろう。

それに逃げるならいつでも出来る。

私は公爵のマリオネットになることで情報収集と現状の把握、今後の行動を決めることにした。

まだブラックウェル公爵家についてわからないことが多いが、一つはっきりとしていることは自分のように人生を勝手に決められ家族の愛も知らず捨てられた子どもたちが多くいるということ。

とても他人事には思えない、そんな人たちを助けたい。

これから同じ目に遭うかもしれない子どもたちを助けたい。


ブラックウェル公爵家の闇と慣れない貴族社会での生活…これから何が待ち受けているかわからないが、まずは全ての瞬間で最善を尽くし自分で作った人生を生き抜いてやる。


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