第九十七話
一五二六年六月 細川高国別宅
「しかし長職はあまり儂に頼みごとをせんの。」
「はぁ…。しかし私としては長尾為景が侵攻の折には我が神保家へ便宜を図って頂いたとは思っておりましたが…。」
まぁあの時は正直助かった。
管領・細川高国が朝倉宗家や若狭武田家あたりに囁いてくれていたお陰で、猛将・朝倉宗滴がフリーで動けた訳だ。
「そんなものは文を書くだけだからな。」
「それでも、でござる。」
「そう言うものか。畿内に居る者共は儂に会えばご機嫌取りばかりだけどな。」
それは高国が時の権力者であるからだ。
高国が「畿内は魑魅魍魎だ。」と言ったがまさにその通りだろう。
「長職から越中守護への任官願いが来た時はやっと来たか、と思ったがの。」
「あれは我が畠山義総の提案がありましたからね…」
「ふぅむ、やはり長職は可愛げが無いの。」
「はは、畠山義総にもよく言われます。」
「まぁそれくらいさっぱりしている方が逆に好ましいものよ。」
「…しかし管領様がそこまで仰るのであれば、ひとつおねだりをしても良いと言う事でしょうか?」
この際だ。
これまで心に秘めていた事でも言ってみるか。
「何じゃ、申してみよ。」
「私は公方様より越中守護に任じられたわけですが、越中守護として隣国の状況に心を痛めており申す。」
「…一向一揆の事か。」
我が越中では三年前に加賀から侵攻してきた加賀一向一揆軍を撃退したわけだが、加賀国内においてその勢力は未だ大きい。
そもそも加賀国においても守護大名・富樫家がいたわけだが、今から四十年ほど前に一揆軍によって壊滅させられていた。
「はい。三年程前にも、加賀一向一揆が我が越中に侵攻して参りました。」
「…ふむ。一向一揆と来たらあらゆる所で面倒なものだな。」
細川高国が腕を組んだ。
彼は反本願寺の思想を持っていた筈だ。
「…しかし私は浄土真宗自体を嫌っている訳にはございませぬ。我が領内にも門徒が居りますゆえ。」
「越中国内の門徒は神保家の傘下に収めているのだったな。」
「左様で。信仰の方で実悟殿が中心になっておりましてな。政治的・軍事的には国内の門徒のほとんどが我が傘下に入っております。」
越中国内の門徒は実悟の活躍、そして故人である大谷兼芸(=実玄)の遺言もあって一つに纏まっていた。
史実では本願寺中央が一門衆を抑圧しようとした事からこの後に勃発する大小一揆で大荒れになる訳だが、おそらく越中の門徒達はこれに与さない事だろう。
「越後方面の憂いが無くなった今、我が越中は西方、つまり加賀一向一揆に目を向けることが出来ます。我が畠山義総とも歩調を合わせ、準備ができ次第これに対処致します。」
「ふむ。」
細川高国が目を瞑って少し考えこんでいる様子だ。
少しして再び口を開いた。
「…加賀の一向一揆を討伐してくれるのであれば儂としても願ったりであるが、長職は儂に何を望む?」
「はい。越前の朝倉様にも我等と歩調を合わせて頂くように口添えをお願いしたくございます。また少数でも構いませぬ、幕府軍も派遣して頂きたく存じます。」
幕府軍の派遣、これについてはそれほど期待してはいない。
細川高国の本隊は今畿内から動かせない筈だからだ。
望んでいるのは最初に述べた朝倉家への要請だ。
朝倉家も一向一揆には苦しんでいるはずだし、周辺で一番国力が高いのは越前であるから、是非参戦をしてほしいものだ。
「…なるほどな。具体的にいつ頃に行動を起こしたい、と言うのはあるのか? 長職の口ぶりではすぐでは無いのだろう?」
「は。四、五年後を考えておりまする。」
「ふうむ、それなりに後なのだな。」
加賀の一向一揆はおそらく数万を超える門徒を動員できることだろう。
そこに向かって攻め入るのは正直うまくない。
「我が越中はまだ復興の途中ですからな。」
「それはそうだな。それに長職はまだ朝倉宗家に繋がりが薄いと言うのもあるな。」
「…その通りです。それ故に、管領様のお力をお借りしたく。」
「それは構わぬ。朝倉弾正孝景に文を出しておこう。」
「ありがとうございます。私の方は国に戻り次第、計画を立てて参ります。」
「幕府軍はそうだな、公方様にでも御出馬いただくか。」
「それは期待しないって待っておりまする。」
それは流石に冗談であろうが、僕は苦笑いしながら答えた。
前述の大小一揆は史実では五年後に勃発するはずである。
動くならこのタイミングが良いだろう。
それまでに計画を立てて準備していかなくてはな。
神保長職、初めて越中国外へ目を向けていきます!




