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第九十六話


一五二六年六月 細川高国別宅



夕刻、管領細川高国の招待を受けた僕は細川家の別宅を訪れていた。

てっきり現在における小川通にあった細川京兆家の邸宅に招かれると思ったのだが、実際に訪れたのは山間の寺院の様な場所だった。



「京の中心に近い場所はどうも騒がしくていかん。ここはな元々寺院だったのだが儂が買い取った場所でな、”こっそりと”人に会う時に使っておるのだよ。」



細川高国曰く、そういう事らしかった。

なるほど、こっそりね。

史実においては遺構など残っていない場所なのかもしれないな。

まぁ京の街並みを見下ろす高台にあるこの場所は、何かあった時に身を守りやすいと言うことなのだろう。

また何かあった時にここから東に逃げれば管領派閥と目されている六角家が領地の近江もある。



「私との会見は”こっそりと”するべきことなのですか…?」

「隠す必要は無いのだがな。まぁ、儂もたまには俗世から離れたいこともあると言う事よ。」

「ああ、御嫡男の植国様におかれましては、お悔やみを申し上げまする。」



そう言えば高国の嫡男は史実より少し早く亡くなってしまったんだったな。



「これは痛み入る。植国(あれ)ももう少し体が強ければ良かったが…」



高国は明らかに落胆したような表情だ。

彼も人の親だったという事か。



長職(おまえ)の様な若者が我が子だったらなお良かったのだがな。…どうだ? 今から我が細川が養嗣子(ようしし)にならぬか?」

「…私がですか?」

長職(おまえ)ならこの伏魔殿の如き畿内でもやっていけるだろう?」

「御冗談を。私は越中で静かに生きたいのです。」

「ふん、長尾為景ら猛将を討ち取っておいてどの口が言うのか。」

「家臣や同盟軍、領民のお陰と言うものですよ。私自身の力など大したものでは。」

「そこまでの謙虚な物言い、逆に嫌味に聞こえるぞ。」

「…嫌味に思われぬ様努力を致さねばなりませぬな。」

「やはり長職(おまえ)は底知れぬ。」



細川高国がパシっと扇子を閉じた。

その視線はまるで僕の様子を探るものの様に思えた。



「のう、長職よ。長職(おまえ)が思っている事であれば何を言っても構わん。少し質問しても良いかな?」

「は…。私に答えられる事でありますれば。」



いったい僕に何を問うて来ようと言うのか。



「儂が思うに、長職(おまえ)は色々と”視えている”様に思える。それが何かは知らぬし、聞く気もない。その上で儂が聞きたいのは、これからの畿内はどうなっていくか? と言う事だ。」

「…似たような質問を六角様にされましたな。」

「ほう。定頼が、な。」

「もっとも、六角様は私が味方かどうか確認されたかった様です。」



六角定頼の質問は僕が自身の味方であるか、と言う問いだったと思う。



「ふむ。どうせ長職(おまえ)は今のところは味方だ、とでも答えたのだろ?」

「御名答です。」



あれま、よく分かったものだ。

流石は細川高国と言う事か。



「まぁそれは良い。で、どう思うのだ?」

「…難しいですな。」



うん、本当に難しい。

史実から徐々にズレてきているこの世がどうなるかなんて正直分からない。

畿内においては今のところ大きくはズレていないが、長岡六郎(=細川晴元)が越中にいることにより、本来反細川高国の勢力がどう動くか想像できないからだ。



「では質問を変えよう。儂は今後どうなるかの?」

「管領様が、ですか。」



僕は眼前の初老の男を見た。

細川高国は剃髪して道永と名乗っているわけだが、この男は戦に明け暮れ、そして権謀術数の上に地位を手に入れて来たのだ。

並大抵の人物ではない。



「管領様は今この日ノ本で一番の力をお持ちの方と存じまする。」

「ほう、公方様を差し置いて儂が日ノ本一番か。」

「…今更化かし合いは望まれぬのでしょう?」

「そうだな。…それで?」



細川高国が脇息に肘を置いた。



「確かに管領様は力をお持ちでありますが、それは薄氷の上にあるものと存じます。」

「儂に歯向かうものが出てくると申すか。」

「あくまでも可能性の話です。…可能性の話ではありますが、阿波におられる公方様を担ぐ勢力が出てくるかもしれませぬ。」

「足利義賢様か…」



史実では細川晴元や三好元長等がこの足利義賢を擁立して挙兵したのだ。

足利義賢は足利義晴の兄弟に当たる人物だ。



「いずれにせよ、管領様が何かしらの汚点を晒すことになれば阿波の公方様を擁立して兵を挙げるのではないかと思いまする。」

「ふむ、儂も嫌われたものだな。」



確か細川高国は香西元盛なる勇猛な重臣を、従兄弟の讒言を信じたことにより殺害した。

それが衰退の一因になったとされている。



「それで儂はどうすればいい?」

「…それを私に聞かれるのですか?」

「教えてくれぬのかね?」



んー何で僕に聞くのかな。



「では一つだけ。香西四郎左衛門尉殿と言う将がおりますれば、是非重用なされませ。」

「丹波を敵に回すなと言う事か。」

「…ご想像にお任せ致します。」

「うむ、相分かった。」



そう言うと、細川高国が僕の肩に手を置いた。



「やはりお前が我が息子であったらどんなに良かったことか。」

「…一つ正直に言って良いでしょうか?」

「何じゃ、申してみよ。」

「管領様の子など、まったくもって御免被りたく。」

「ははは、言ってくれるでは無いか。」



いやいや、本当にそれは勘弁してほしいんだって。

僕は肩をすくめた。












細川家別宅はもちろんフィクションになります!

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