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第八十九話


一五二六年四月 越中城ヶ崎城



「また公方様から手紙が来たのですか…?」

「ああ、そうなんだ。」



季節が移り替わり日に日に暖かくなってきた四月、僕は取次に任じていた直江実綱と面会していた。



「母上の事や国内の復興とかで先延ばしにしていたが、さすがにそろそろ上洛せぬと公方様のお機嫌を損ないかねん。」

「公方様、もありますが管領の細川高国様という感じですかね?」

「…分かってるじゃないか。」



現在の公方…室町幕府第十二代将軍の足利義晴は、前にも述べたが管領・細川高国の傀儡であると言える。

ただ室町幕府から越中守護職を任官された以上は、無下に扱う事も出来ない。

僕的には面倒な所が増えてしまったわけだが、畠山義総(あにうえ)のアドバイスで権威を手にすべきだという方針にシフトしたのだから仕方ない。



「畿内では、御屋形様は管領様の派閥だという評判だとか。」

「ああ、それは狩野屋にも言われたよ。まぁいずれにしても、一度上洛はせねばなるまいな。」



僕はため息をついた。

内政、新川郡の復興に注力したかったんだけどな。

上洛となるとそれなりの軍勢と共に向かわなければならないから、準備期間も必要だ。

今から準備となると来月になるだろう。

そして道中を治める領主にも先触れを出しておかなければなるまい。

それなりの配慮が必要なのだ。



「さてそれより越後の方はどうであった?」

「ああ、そうでした。」



直江実綱が姿勢を正した。

オイオイ、上洛よりむしろこっちのほうが本題だぞ。



「この半年ほどで色々と回ることが出来ました。まずは越後守護の上杉様に引き続き、長尾定長様と面会をさせていただきました。」



神保家の取次が越後を回るにあたってまずは守護上杉定実、次に有力守護代家の長尾定長の順番で面会するのは正しいことだ。



「上杉様からは残念ながらそれ程好意的に扱われませんでした。私が元長尾為景が家臣だったからでしょうか。」

「いや、そうではあるまい。我等神保家が越後西部を割譲したから、上杉定実殿は内心面白くなかったのだろう。まぁそれはどうでも良い事だがな。」

「どうでも良いのですか?」

「そうだ。…それで長尾定長殿はどうだ?」



そう、正直上杉定実の意向はそれほど重要ではない。

越後国内において守護上杉家はそれ程大きな力を持たないからだ。



「長尾定長様からは今回の訪問の意図を問われました。」

「どう答えたんだ?」

「…御屋形様の仰せの通りにお答え申し上げました。」



やはり直江実綱は実直なやつだ。

で、僕は直江実綱に対して、長尾定長へこう言うように指示をした。


・此度越後を訪れた理由は、(揚北衆を含む)越後の国人達との繋がりを持つためである。

・越後の国人達には国内統一に向けて協力するように助言するつもりである。


と言うものだ。

まぁこれはもちろん、長尾定長へ向けの説明であるが。



「長尾定長殿は何か言っていたかな?」

「いえ、()()()()()()を仰せでした。」

「ふむ、まぁ感づいておるかもしれないかな。」

「…御屋形様、よろしいですか?」

「何だ?」

「私は御屋形様の仰せの通りに動いてまいりましたが、いまいちその意図が分かりませんでした。いえ上杉様や長尾様への説明は友好国へのそれには聞こえますが、隣国の家中の者が国人領主に面会する等は調略を仕掛けているように見えましょう。」

「ああ、それはそのような下心があるよ。」



僕はニヤリと笑った。



「…上杉様や長尾定長様は盟友では無いのでしょうか?」

「長尾定長殿は友と思っているよ。だが今の守護上杉様はな、そうでもない。早く婿である長尾定長殿に家督を譲ってほしいと思っている。定長殿が跡目を継ぐことが出来たならば、守護上杉家は盟友となるだろう。」



僕の印象としては、越後守護上杉定実は敵では無いが盟友でも無い。

史実では上杉定実に男子が生まれなかったから、おそらくこの歴史でもそうなるだろう。

そして本来守護家を上杉謙信は誕生しない事は確定しているから、出来るだけ早く娘婿たる長尾定長へ地位を禅譲してほしい。

そうすれば守護上杉家は二心無き盟友になることが出来るだろう。



「…ちゃんと国人衆には長尾定長殿を薦めてくれたのだろ?」

「え、ええ。それは揚北衆を含む国人領主にはそう申し伝えました。…まぁ彼等は話半分に聞いていたようですが。」

「それで良い。要は上杉定実殿を焦らせるためにやったのだからな。」



相変わらず味方が少ないと知れば、上杉定実は焦るはずだ。

であれば娘婿である長尾定長に再び接近するだろう。

そして長尾定長なら勘付いてくれているはずだ。



「それで御屋形様が仰られていた柿崎殿にもお会いすることが出来ました。」

「おお、そうか。で、どうであった?」



この時代の柿崎殿と言えば、柿崎利家であったはずだ。

かの有名な柿崎景家はその息子である。



「はい。柿崎殿にはとりわけ多くの貢物を送りまして、嫡男の弥次郎殿にも誼を通じて参りました。…越後国内は長きに渡っての混乱もあり色々と物入りでありましたからな、非常にお喜びでおられました。」



独立色の強い越後の国人衆はそれぞれの意地を持って活動していた。

それ故の政情不安でもあった。



「ふふふ、それは上上。良いジャブになったことだろう。」

「じゃぶ???」

「…独り言だ。さて次の一手を考えなければな。ああ、上洛もあるからな。実綱にはまだまだ働いてもらうぞ。」

「承知いたしました。」



直江実綱には過労にならない程度には働いてもらわなければならないな。














かの有名な柿崎景家ですが、この話の年代ではおそらく十二、三歳であると思われます!

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