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第八十六話


一五二五年六月 越中城ヶ崎城



梅雨の合間の晴れ間、僕は越中城ヶ崎城を訪れていた。

守山城からの引っ越し作業を進めるためだ。

神保家の本城として築城が開始されてから四年が経ち、ようやく本格的に使用できる状況になったのだ。

とは言っても完成したのは城の本体部分、天守、二の丸・三の丸やとりあえずの防衛設備と言ったところだ。



「時間が掛かってしまい大変申し訳ございません。ようやくにお使い頂ける程の形になって参りました。」



僕に話しかけて来たのは築城作業の普請頭の徳次郎だ。



「いやお前や職人達はよくやってくれている。…城の完成具合は六割と言ったところか。」

「はい。ご指示の通り城下の建設を進めておりますが、先だっての(いくさ)の影響もありまして。」



越中城ヶ崎城は城下に町や港湾も形成する予定で、それも城壁や堀で囲う総構えとする予定だ。

この町や港湾はまだ建設途中であり、堀は掘削を進めているが町を囲う城壁はまだ無い。

とは言え越中の北側は畠山家(あにうえ)の領地だしそもそもこの城が防衛施設として利用されるとすれば、それはかなり押し込まれた状況である。

現状では一向一揆(ぼうずども)がいる加賀方面の備えには常備兵を置けている事もありひとまず安全だろう。



「いや、まずは新川郡の復興が優先だからな。氷見もあるから町は後回しで良い。ただ堀については早めに完成させてくれるか。」

「はっ、畏まりました。」

「よろしく頼む。」



僕は徳次郎の肩をポンポンと叩いた。

城が完成したら徳次郎や職人達には十分な褒美をやらねばならないな。




◇ ◇ ◇




「あーうー。」



越中城ヶ崎城の居室、僕の腕の中で声を上げているのは我が愛息の松風丸(まつかぜまる)だ。

おっかなびっくりな感じで我が子を抱く僕の姿を、妻の芳はにこやかに見つめていた。

芳は出産を経てすっかり大人の女性になった…様にはあまり見えないが、それでも表情は母親のそれだった。



「長職さまもやっと抱っこになれてきましたね!」

「あ、ああ。母上に色々と教わったからな。な、なんとかな。」



ちなみに我がママ上であるが少し体調を崩していて、氷見の町で療養中だ。

医者が言うには大事に至らないとの事だが、風邪でも命に係わる時代なのだ。

用心に越した事は無い。



「御屋形様、失礼致します。」



側近として帯同して来た狩野職信が部屋に入って来た。



「直江実綱殿が参りましてございます。」

「実綱か、通してくれ。」



そうだ、今日は直江実綱と面会するために呼び出したんだった。

もうそんな時間か。

我が子と遊んでいるとつい時間を忘れてしまうな。


そうそう、家臣達から僕への呼称が御屋形様に変わった。

実は先月、公方様から正式に越中守護職を任じられたのだ。

前も述べた通り僕は室町幕府自体をあまり信用していないのだが、それでも越中守護になることで一定の権威を手にしたのだ。

格で言えば畠山義総(あにうえ)と並んだわけだ。

まぁ実際にそうは思ってないけどね。



「御屋形様。直江実綱、お召しにより参上いたしました。」

「うむ、ご苦労。さ、入ってくれ。芳、実綱へ麦湯を。」

「はぁーい。」



芳は元気よく返事すると、直江実綱に注いだ麦湯を差し出した。



「こ、これはお方様。恐悦至極にございます。…若もお元気そうで何よりです。」

「ああ、久々に松風丸(まつかぜまる)と触れ合えるのでな。このまま話をさせてもらうが許してくれ。」

「それはもちろん…。それで私に話とは…?」



うーん、真面目な奴だな。

まぁ敵方である長尾為景から我が家臣になったわけだから致し方ないか。



「…お前が我が家臣になって半年余り。総光の下について貰っていたわけだが、その働きぶりは真面目で優秀であると聞き及んでおる。」

「…勿体無きお言葉にございます。」

「それでお前には新しく役目を任せたいと思っている。」

「それはどのような?」

「お前には“取次”をお願いしたい。」

「わ、私に取次を、ですか?」



直江実綱が驚いたような顔になった。

それはそうである。

『取次』とは、分かりやすく言えば戦国時代における外交官である。

他の大名や国人、はたまた朝廷や幕府へ赴き、状況によって難しい交渉をすることもある要職と言える。

一般的には僧や重臣に任せられる事が多い。



「そうだ。お前の実力なら出来るだろう。」

「しかしながら御屋形様。私よりも適任の方がいるのでは…!?」

「お前が俺の家臣になって日が浅い事についてはまったく気にしなくて良い。真面目で実直、それにあの長尾為景殿の前であの発言が出来る胆力があるお前は適任だと思っている。」



僕の家臣達は非常に有能だと思っているが、正直外交官タイプの人物はいない。

遊佐総光はまさに武人タイプだし、松波長利は策謀を巡らすのが得意だ。

その他の家臣達も光るものはあるが、外交は真面目で粘り強い人物が適任だ。

今は狩野屋伝兵衛が近い事をやってくれているが、あれは商人だ。

出来れば商いに専念させたい。



「そこまで私に信を置いて頂けるとは…」

「どうだ、受けてくれるか? もちろん成果を出せば知行地も加増しよう。」

「謹んでお受けいたします。誠心誠意、役目を勤めさせて頂きます。」



直江実綱が平伏した。



「顔を上げてくれ。それで早速書状を持って越後の上杉様、長尾定長殿を訪ねてもらいたい。…それとついでに頼みたいことがあるのだが…」



顔を上げた直江実綱に対して、僕は言葉を続けた。










ついに居城が(六割くらい)出来上がりました!

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