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第八十五話


一五二五年一月 越中守山城



一五二五年の年明け、僕は越中守山城で家臣達の挨拶を受けていた。

例年であれば能登畠山家の七尾城(あにうえのところ)を訪問するのだが、前年に大きな(いくさ)があったため免除となった。

そして前年の(いくさ)の論功行賞も行わなくてはならない。

その為盟約に基づいて参戦してくれた朝倉宗滴・景紀義親子もここまで滞在してもらっていた。

越前(くに)に帰らなくていいのか?という野暮な質問はナシだ。



「さて昨年は皆のお陰で長尾為景を退ける事が出来た。この神保長職、改めて礼を言わせてもらうぞ。」



僕は眼前の家臣達に頭を下げた。

(あるじ)が簡単に頭を下げるのはどうかと言われそうであるが、家臣達はもう見慣れた事だろう。



「とは言え新川郡の復興はこれからだ。皆には苦労を掛けるが、これからもよろしく頼む。さて…」



僕は家臣達を見渡した。



「此度は先の(いくさ)の論功行賞を行わねばならぬ。が、防衛戦だったのもあり、新しく手にした知行地や金子は多くない。勲功一位には越後から割譲した越後不動山城とその以西を知行地として下賜すると致す。この(いくさ)の勲功一位は誰だっただろう? 皆の意見を聞きたい。」



「うーん、敵を押し戻した本隊を率いた遊佐殿か?」

「いや、上手く撤退戦を行った慶角(けいかく)殿では。」

「遊撃隊の狩野三郎殿も良い働きであったぞ。」



家臣達がガヤガヤと意見を述べた。

どうにもこの家臣達は自分が一番とか言わないんだよな…



「殿、よろしいでしょうか?」



椎名康胤が手を上げた。



「康胤か、申してみよ。」

「はっ。某、侍大将の遊佐様と共に戦いの行方を見させていただきましたが、敵が急速に勢い失ったのはやはり物資が尽きてからにございます。」

「うむ、それはそうであるな。もともとそういう作戦だったからな。」

「はい。ですがそれをやりやすくなったのは朝倉様が越後に侵入し敵の兵站線を破壊されたからです。よって某は朝倉様が勲功一位であると思います。」

「うむ、確かにそれはそうであるな。」


「わ、儂か!?」



朝倉宗滴が驚きの声を上げた。



「儂は長尾為景めの部隊に嫌がらせをしていただけだぞ。」

「しかし宗滴様・景紀様が働きが無ければ(いくさ)が長引き、より多くの将兵が犠牲になったかもしれませぬ。どうだ、皆は朝倉様らが勲功一位で意義は無いかな?」



「「「「異議なし!」」」」



家臣達が声を合わせて同意の言葉を述べた。



「と言うわけで、朝倉様らには越後から割譲された地を…」

「待て待て待て!」

「何でしょう? 宗滴様。」

「長職殿、儂らはあくまで他国の将ぞ。確かに盟約に報いる礼は欲しいところだがそれは金子とかそういうので良いのであって、越中が得た知行地は越中の将で分けるべきであろう?」



まぁそれはそうである。

あくまで朝倉宗滴らは僕の家臣では無いのだ。



「そうではありますが、我が家臣も同意しておりますし。」

「い、いや、そういう問題では無いと思うのだが…」

「まぁあれです、俺としてはこれにはちょっとした下心がありましてな。」

「下心だと…?」

「我等神保家はまず新川郡の復興に注力したいのです。この場所に朝倉様が知行地があると言う事は、越後に対する牽制になります。もともとこの地を治めていた山本寺が奪還に動くかもしれませんからな。」



山本寺家は上杉の庶流と言われ名門だ。

勢力の差があるから簡単に奪還に動かないとは思うが、名門にはプライドがあるからな。



「長職様、恐れながら…」



朝倉景紀が口を開いた。



「仮に我等がそこに知行地を得たとして、そこにおける主はどなたになりますか?」



尤もな質問だ。

前述の通り、彼等は神保家の家臣では無いのだ。



「俺としては神保家…と言いたいところだが、その判断は貴殿らにお任せいたしますよ。…まぁいずれは朝倉様らには我が神保家に来て欲しい。これも下心ですな。」

「ふむぅ。堂々と言うものよ…」



朝倉宗滴が顎髭のあたりを掻いた。



「宗滴様。俺は春にでも畠山義総(あにうえ)や越後守護上杉定実様の協力を得て、越中守護職になれるように公方様に具申するつもりです。新川郡の復興が軌道に乗れば、我が神保家も国外に目を向ける時期が来るでしょう。」

「…それは領土的野心かね?」

「いえ、我が神保家の味方を増やす動きをしていきたいと考えています。その為には越中が結束し、国力を高める必要があります。その過程で味方になれぬ者が出てくるでしょう。そうなればそのような者共は力で抑えなければなりませんな。越前の朝倉様は如何に動きましょうか。」

「…我が殿(あれ)は雅を貴ぶ。公家を多く招き、一乗谷は文化・経済共に繁栄しておる。それが邪魔されぬ限りは神保家の敵にならぬと思うが。」

「そうです。しかし我が越中は畠山義総(あにうえ)の能登と共に大きな経済圏を作ろうとしています。いずれはぶつかるかもしれませぬな。…それ故に一乗谷には縁と求めなかったのです。」

「…それで我が敦賀か。最初から我等を抱き込むつもりだったのか?」

「さぁ? …下心とだけ言っておきましょうか。」

「…分かった。その知行地、ありがたく受領するとしよう。儂はいったん越前に戻らればならぬから、景紀を置いておこう。だがこれからどうするかはこちらで決めさせてもらうぞ。」

「もちろんです。…期待しておりますよ。」



僕は朝倉義親子に笑い掛けた。

きっと悪そうな笑みに見えた事だろう。




下心は重要なのです

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