第八十話
一五二四年九月 越後直江津周辺
「またか、どうなっているのだ!?」
越中に侵攻している長尾為景軍への荷駄隊の指揮官が吐き捨てるように声を出した。
ここは直江津の湊。
古くから日本海側の重要な港湾として栄え、長尾為景はここから兵の派遣と物資の輸送を行っていた。
今、直江津へ物資を運ぶための部隊が敵軍に襲撃されていたのだ。
「敵は西方より襲来! 旗印は見えませんが、全員が黒備えの甲冑に身を包み数は千から千五百!」
「ふた月ほど前からこのあたりで我が軍の荷駄の襲撃を繰り返している奴等だな…! まずは態勢を立て直せ! 春日山へ伝令を…!」
「て、敵の動きが早く…」
「くそ、退け! 退けぇ!!!!!」
長尾為景軍の荷駄隊は大混乱に陥っていた。
この隊を襲撃していたのはそう、越後に逆侵攻した朝倉宗滴の部隊である。
軍神と名高い朝倉宗滴が率いる常備兵から成る部隊にとって、大混乱に陥った荷駄隊を蹴散らすのはたやすいものだ。
朝倉宗滴が越後不動山城を攻略し直江津周辺で行動を始めて以来、長尾為景本体への補給は一度も成功していない。
「ククク、ここまでは順調だな。長尾為景めはだいぶ干上がってきている頃であろうな。…にしても春日山の留守居も動かぬとは拍子抜けではあるが。」
優勢に事を運んでいる自軍を見て、馬上の朝倉宗滴がほくそ笑んだ。
「例の文により越後守護上杉様と長尾定長殿が連合の軍四千程で、直江津の東方を塞いで頂けているのが効いているかもしれませぬな。」
応じたのは義息子の朝倉景紀だ。
例の文と言うのは朝倉宗滴が発案し神保長職から越後守護上杉家と長尾定長へ出した書状の事だ。
内容を要約するとこうだ。
・我が神保家の兵が直江津や越後西部にて活動を行う。
・越後守護上杉家が家臣/長尾定長が父による神保家への敵対行動を抑えられなかった事には目を瞑るから、我が神保家の行動は見なかったことにしていただきたい。
・直江津より東の“治安維持”についてはお任せする。
要するに「俺達は西の方で好き勝手させてもらうからとりあえず邪魔をするな。そこから東は抑えておけ」と要求したのである。
本来であれば他国に侵攻しなおかつその国の守護等にそのように要求する立場には無い筈であるが、そこは神保家と彼等の関係性からくる暗黙の了解と言うものだ。
「まぁ確かに謎の敵に襲われても動かぬ主家の軍が近くにいたら、春日山も行動は起こしにくいものだな。」
「春日山は疑心暗鬼になっておりましょうな。」
「春日山の留守居は二千程か。上杉等の軍が加勢してくれれば攻め落とせそうなものを。」
朝倉宗滴が春日山城の方角を睨みつけた。
流石は軍神と言うべきか、血が騒ぐらしい。
「しかし義父上、春日山城は堅固な山城として知られております。さすがにそれは高望みと言えましょう。」
「ふむ、神保長職殿からお預かりした兵をいたずらに消耗するわけにはいかんか。まぁもうしばらくこのあたりを荒しまわってみせよう。景紀よ、長職殿からの恩賞が楽しみであるな。…行くぞ!」
「はっ! お供いたします。」
朝倉義親子が勢いよく馬を走らせて行った。
どの時代でも軍事行動を行うにあたっては、物資の補給を行う兵站線が重要である。
大軍であろうが、補給が無いと活動継続は不可能だ。
ましてや飛行機のような空路での補給が出来ないこの時代においてはなおさらだ。
今回の戦において親不知子不知の街道は既に破壊され、海路や峠道の補給路も神保軍によって使えない状態になっていた。
長尾為景軍はこの状態を知る由もなく、敵地で補給が届くのを待ち続けている。
補給が届かない状態が続けば、長尾為景軍が窮地に陥るのは時間の問題であろう。
長尾為景軍の兵站線は完全に分断されております。
これは朝倉義親子の働きあってのものですね!




