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第八話


一五二十年 八月下旬 越中氷見 狩野屋屋敷 



「と言うわけで高岡にて小規模な製薬する工房を開いておりましたが、神保様の御意を得まして氷見への移転準備を進めておりまする。」



そう言ってから僕の眼前で平伏した人物、そう、神保家が攫ってきた(召し抱えた)唐人の(きょう)だ。

<唐人>と言ってもこれは中国人と言う意味で、この時代の中国の王朝は明だ。世界史で習ったはずだ。

前述の通り姜は高岡にて丸薬等の製造を行っていたのだが、現在その拠点を氷見に移す予定である。

その為に狩野屋の裏手に新しい工房を建築中だ。

高岡の方が栄えているのだが現在の勢力分布の兼ね合い、そして守りやすさから氷見のほうを発展させたい考えだ。いずれはこの近くに城も建てたいものだな。



「うむ、姜よ。期待しておるぞ。必要なものは狩野屋に言うのだぞ。」

「かしこまりました。それでは失礼いたします。」



そう言うと姜は部屋を出て行った。



「ふむ、あやつは中々働き者であるな。」

「俺の見立て通りだろう。ちょっと手荒な真似をした割には従順なものだ。」



…姜をここに連れて来た話についてはまた別の機会にするとしよう。



「殿、失礼致します。文が届いておりまする。」



弥五郎が一礼して部屋の中に入ってきた。

確かにその手には書状が握られているようだ。



「文だと? 誰からだ。」

「は。それが、畠山修理大夫(しゅりだいぶ)義総様からです。現在光禅寺に来ており、この後こちらに来られたいとの由です。」

「畠山義総様だと! 承知したとお伝えしろ。…くれぐれも粗相の無いように頼むぞ。」

「かしこまりました。」



弥五郎はそう言うと狩野屋屋敷を掛け出て行った。

さて、少しでも失礼の無いように準備せねばなるまいな。



「伝兵衛、急だが接待できるようなものは何かあるか?」

「商人は急な接待に対応できるものくらいは準備しておるよ。…お前こそ粗相の無いようにするのだぞ。」



最後に何か聞こえた気がするが、聞こえなかったことにしよう。



◇ ◇ ◇



一刻程して畠山義総が僅かな供を連れて狩野屋へやってきた。

狩野屋の手代達が応接間に連れて来たので、僕は畠山義総が上座に上がれるように道を開けた。



「義総様、ようこそいらっしゃいました。ささ、上座の方へお上がりください。」

「うむ、急な訪問だが失礼するぞ。」



畠山義総が上座に座り、小姓だろうか、僕より年下であろう少年が傍らに座った。



「お暑い中、ここまで大変だったでありましょう。冷たい麦湯と菓子を準備いたしました。」



狩野屋伝兵衛が手代と共に麦湯と茶菓子を持ってきた。



「すまぬな。で、その方は?」

「失礼いたしました。私は神保長職様の御用商人を拝命しております、狩野屋伝兵衛と申します。以後お見知りおきを…」

「その方がこの屋敷の主の狩野屋か。うむ、馳走になるぞ。おい、道一丸殿も頂くが良い。」

「は、かたじけのうござる。」



道一丸と呼ばれた少年が、手代から麦湯受け取り口を付けた。



「道一丸様とおっしゃるか…、ん、道一丸?」

「ほう、狩野屋は気付いたか。」



義総がニヤリと笑った。

これはいったいどういう事だろう?



「…我が七尾城に客として来ていたのでな、ちょっとここまで連れ出してきたのだ。先日の答えも伝えたかったのでな。くくく、七尾城は今頃大騒ぎであろう。」

「義総様、いったい何を…?」



そう言い掛けた時、狩野屋伝兵衛が僕の肩を叩いた。



「長職様、分からんのか? このお方は長尾道一丸様だ。」

「な、長尾道一丸様!? 長尾為景…様の御嫡男の?」



僕は驚きながら長尾道一丸を見た。

七尾からここまでそれなりに距離はあるはずだが…



「お初にお目にかかります。私が長尾為景が嫡子、長尾道一丸と申します。神保長職殿、よろしくお願いい申し上げまする。」

「あ、ああ…。神保長職でござる。」



さすがに驚きを隠せなかった。

突然畠山義総が訪問してきたと思ったら、まさか長尾道一丸、つまり長尾晴景を連れてくるとは!



「長職よ、先日の答えもしたいところだが、先に俺の頼みを聞いてくれるか?」

「は、何なりと。」

「そこな道一丸殿は少し体が弱いようでな。滋養のあるものと腹の丸薬等は用意できるかな? お主ら薬種商を始めるのだろ。」

「そ、それはもう…。ちょうと裏手に薬種の専門家として雇ったものがおりますれば、道一丸様、よろしければ具体的な症状等をそのものにお伝えいただけますかな?」



僕はそう言いながら再び道一丸を見た。



「はい、是非お願いいたしまする。」

「承知仕った。狩野屋、案内して差し上げてくれ。」

「はっ。では道一丸様はこちらへ。」



狩野屋が道一丸を連れて部屋を出て行った。

僕はちらりと畠山義総を見た。

畠山義総は道一丸の後ろ姿に目を細めているようだった。



「薬の礼は後で俺が払おう。…しかし毒など仕込んでくれるなよ?」

「は、そのような卑怯な真似は致しませぬ。それに仕込むのであれば先程の麦湯に入れましょう。」

「ははは、それもそうであるな。」



畠山義総は上機嫌だ。



「俺にはまだ子がいないのでな。道一丸殿は中々利発だ。将来あのような子供が出来る事を祈っておるよ。」



確かに道一丸…長尾晴景は弟の上杉謙信のような武で鳴らす人物では無いが、外交等ではそれなりに有能であった可能性はある。先程の受け答えもしっかりしていたな。



「左様ですな。これも縁ですから、戦場で敵対しない事を願いまする。」

「そうだろ? …さてここから本題だが、先日の答えを持ってきた。」



さて、ついにその時がやってきた。











長尾道一丸は文中の通り長尾晴景です。長尾晴景は一五〇九年生まれと言われていまして、一五二〇年現在ではまだ元服前だと考えました。

この世界線の晴景は同盟国である能登への使節団に同道したという設定にしました。

晴景が能登を訪れたと今回の話は創作ですので、何卒ご了承くださいませ。


薬種商の姜も架空の人物となります。この人物の設定は明国出身で貿易相手を探す目的で氷見に来たと言うものになっており、同じく明国出身の部下を数名従えております。


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