第七十八話
一五二四年六月 越後不動山城
「どこの軍だ、あれは…!?」
ここは越後不動山城。現代で糸魚川市にあたる場所にある丘の上の山城だ。
この城は上杉家庶流の山本寺上杉家の居城だ。
山本寺上杉家と言えばどちらかと言えば主家である越後守護上杉家側の家であり、おそらくは長尾為景に攻められいったん落城したと言われているがはっきりしない。
(正確な歴史書等が無いようである。)
もっとも現在はその長尾為景が越中を攻めているから、このような歴史にはならない可能性が大だ。
「わ、分かりませぬ。敵は闇夜に紛れて接近し…」
「物見は何をやっていたのだ!?」
「敵は黒備えの甲冑に身を包み、発見する事は出来なかったと…」
家臣の言葉に、城主であろう武将が狼狽した。
この城主の名は山本寺定景だ。
「…この周辺国も含め黒備えの兵を擁しているのは神保家くらいですが…」
「何故神保家が我が城に攻めてくる? 神保家は長尾為景に攻められているのだろう!?」
「わ、分かりませぬ…!。敵の勢いは衰えず…。おそらくは千五百はいるものかと…」
「御屋形様の命に従い、我が山本寺は兵八百を供出した。この城を守るは三百しかおらんのだぞ…。御屋形様へ救援の使者を出せるか!?」
「この様子では難しく…」
山本寺定景が城の高台から眼下を見た。
篝火に照らされ僅かに視認できる敵軍の動きは洗練されていた。
自軍の雑兵・農民兵では敵わないだろう。そもそも兵力が負けている。
「…これまでか。」
このまま意地を貫き通して戦い続けるのも良い…が、勝てる見込みは全く無く、家臣や兵が死ぬだけだろう。城主としてはここで決断をせねばならない。
「…降伏する。白旗を上げよ。」
「は、はっ…!!」
越後不動山城の戦いは僅か二日程で終わる事となった。
◇ ◇ ◇
抵抗を止めた越後不動山城に黒づくめの兵達が入城した。
ここの警護兵だった者達はその姿を虚ろな目で見つめていた。
「御城主・山本寺殿の賢明なご判断を頂き恐悦至極にござる。」
兵を同じく派手な装飾の無い黒い甲冑を身に着けた武将が兜を脱いだ。
「ま、まさか貴殿は…!?」
山本寺定景が驚愕の表情を浮かべ、慌てて上座から降りようとした。
「あいや、そのままそのまま。攻めておいて何だ、と言われそうだが上座を力づくで奪うと盟友に怒られるのでな。」
「…まさかかの軍神、朝倉宗滴殿を見られようとは思いもよらなんだな…」
「ははは、そう持ち上げなされるな。」
朝倉宗滴が笑いながら山本寺定景の対面に腰を下ろした。
「…して朝倉殿は何故我が城に侵攻なされたのだ?」
「山本寺殿は感づかれている事だろう。」
「…長尾為景か。」
「左様。」
朝倉宗滴が扇子を取り出し自身を扇いだ。
「儂は神保家と同盟を結んでおる。長尾為景が盟友を攻めておるのだ。少しでも盟友の助けになろうと、長尾為景めに嫌がらせをしようと思うてな。どうしても越後国内に拠点が必要だったのだ。」
「それで我が城が目を付けられたと…?」
「すまぬことだがな。ここなら春日山方面に行きやすい。儂は長尾為景の軍への兵站を破壊するつもりだ。」
「な、なんと…」
山本寺定景が目を見開いた。
「朝倉殿、そこまで某に話して良かったのか? 某が長尾為景へ囁くことも考えられるだろう。」
「フフフ、そうなれば貴殿の兵を全て駆逐するまでよ。」
「む…」
「それにこの作戦は越後守護の上杉様や長尾定長殿もご存知だ。…上杉様から治安維持の為に兵を供出する命があっただろう?」
「なっ…!?」
山本寺定景が口をあんぐりと開けた。
越後守護上杉家から兵を供出するような命令があったのは、目の前にいる朝倉宗滴が攻めやすいように山本寺の兵を減らすためだったのだ。
「御屋形様も承知されているのか。…それで貴殿は我が山本寺に何を望む?」
「事態は理解されているな? 儂が貴殿等に臨むのは静かにしていれば良いと言う事だけだな。」
「朝倉殿の軍について、見て見ぬふりをしてろと。」
「それ以上の協力を得られれば上杉様から褒美が出るかもしれぬな。合力していただけると助かるがね。…まぁそれは貴殿にお任せするよ。」
「…承知致した。」
山本寺定景がガクッと肩を落としながら答えた。
主戦場はあくまで越中国内にあるが、今後越後国内で長尾為景軍に対象を絞って破壊工作活動を行う事だろう。
軍神・朝倉宗滴が戦を開始しました。




