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第七十六話


一五二四年五月 越中松倉城



五月、早ければ長尾為景が行動を起こすだろうと予測した時期になった。

長尾為景の付近、春日山城周辺には薬売り(ちょうほういん)を潜ませてあるが、現在の所その情報は無い。

僕達は主だった配下を連れて越中新川郡の主要拠点である越中松倉城を訪れていた。

もちろん目的は戦の準備だ。


さてその戦の準備であるが一応はほぼ計画通り準備出来たと言える。

計画の第一段階である親不知子不知(おやすらずこしらず)の街道(海岸線の岩場)であるが既に工兵により破壊工作を実施した。

もちろん神保家によるものと分からないように偽装して、である。

気付かれた可能性は無くは無いが、それは重要な事では無い。

工兵なんて兵科を整備しているのはこの時代には他にはいないかもしれないな。

親不知子不知(おやすらずこしらず)が通れないとなれば大軍を動かすのであればやはり海路が採用されるだろう。

厳密に言えば山側に小路があるのだがかなりの大回りでありそのルートでは来ないだろう、と考えている。

海から来るのであれば幾重にも準備した防御陣地、塹壕を使用して縦深防御作戦を行う予定だ。

魚津城までは敵に占領される事を考慮し、長尾為景軍に出血を強いるのだ。

もちろん撤退予定地の領民は西方に避難させ、勿体ない事であるが城や砦、田畑(でんぱた)を破却する焦土作戦でもある。



「殿! 朝倉宗滴様、景紀様が到着なされました!」

「おお、そうか! お通ししてくれ。」



朝倉敦賀郡司家の援軍として朝倉宗滴・景紀親子が来てくれた。



「長職殿、要請に応え兵二千と共に参ったぞ!…と言っても五百は元々貴殿から借りている兵だがな。ガハハ!」



軍神・朝倉宗滴が豪快に笑いながら軍議の間に入ってきた。



「宗滴様、よくぞ来てくださいました。さ、こちらへ。」



僕は朝倉宗滴を近くに呼ぼうとした。



「いやいや。儂は同盟に基づいて馳せ参じたのだ。末席で構わんよ。」



朝倉宗滴は右手でそれを制すると、入口から近いところに腰を下ろした。

義息子(むすこ)の景紀もそれに倣った。



「承知しました。来てくださりありがとうございます。」

「うむ。で、早速だが計画の概略は貴殿の伝令から聞いてはいるのだが、今の状況を聞かせてくれるかの。」

「それについては拙者が…」



松波長利が地図を用いて説明を始めた。

朝倉親子は時折フンフンと頷きながら説明を聞いていたが、宗滴は途中から腕を組み始めた。



「朝倉宗滴様、何かありましたでしょうか?」



それに気づいた松波長利が説明の手を止めて質問した。



「いや、防禦戦闘をしながら後退し敵に打撃を与える、長職殿は縦深防御と言ったか? よく出来ていると考える。今のところの見積もりではどれだけの期間耐えられる?」

「は。この作戦は我が方が八千、敵方が一万とした想定で策定しております。魚津城まで取られたとしても最低でも半年は耐えてみせましょう。」

「それだけの時間を稼げるか。では動けるな、よし!」



朝倉宗滴が僕の方を向いた。



「長職殿、現状で動員できた神保軍は八千で良かったかの?」

「はい。国人衆の兵を合わせ、八千を準備しています。」

「では我が朝倉から二千を連れて来ておるから合計一万じゃ。それを全てこの作戦に充てれば楽になろうが、すまぬがこの内から千五百程を儂に預けてくれんか?」

「…何か作戦がおありでしょうか?」

「ふむ。作戦の主軸については儂からの異論は無い。景紀よ、お前は儂についてまいれ。」



その言葉に、朝倉景紀が黙して頷いた、



「…で、松波殿。この山中に道があるように見えるが、これは使えるかな?」

「は、狭隘路ではありますが…」

「ここから長尾が攻めてくることは無いかな?」

「一万程の大軍を通すほどの路では無いかと存じます。」

「人なら通れるな?」

「それは可能かと。」

「承知した。では長職殿。」



朝倉宗滴が扇子でパーンと床を叩いた。



「今から言う言葉で越後守護の上杉様へ文を認めてくれるかな? そして同じ内容を長尾定長殿へも書くと良いな。」



…文を?

いったいどういう事を言おうとしているのだろう。

かの有名な軍神と初めての共同戦線だし想像もつかないな。









軍神が援軍に参りました。

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