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第七十四話


一五二四年四月 越中守山城



四月。

この日僕は越中守山城に入っていた。

越後・長尾為景との戦場準備はそれはそれで進めているのだが、すべき政務はそれだけでは済まない。

領内にいける内政や経済政策も進めていかなければならないからだ。


さてその戦争準備であるが、想定される五月開戦に備えてそれなりに進んでいるとは思う。

前にも述べた通り親不知子不知(おやしらずこしらず)の道は一時的に破却する予定であり、これは長尾為景軍が動きを見せ国境に越中・越後国境に向かい始めたら行う算段だ。

そうすると長尾為景軍は少し南の峠道あるいは海路を進むしかない。

この峠道はもともと使いにくいから海路を進んでくると想定している。


現代で富山湾と呼称されている湾には畠山義総(あにうえ)に水軍を出してもらう予定だ。

とは言えそれ程多く準備が出来ないから富山湾西部に長尾為景軍が来ないようにするための抑えだ。

こうすれば奴らは越中東部の海岸線に上陸するしかない。

魚津城周辺には黒部川などのいくつかの河川や山があるから、これらの地形や塹壕戦を使って遅滞戦術を行う。また前にも述べたがこのあたりは状況によっては城や集落を破却し、焦土作戦を行う用意をしている。

復興するのも大変だが、背に腹は代えられない。



「殿、失礼致します。文が届いておりまする。」



執務室に近習が入ってきた。

側近でもある狩野職信は別の命で使いに出ているから、今日は別の者だ。



「ふむ、誰からだ。」

「それがその、管領の細川高国様からです。既に氷見までいらしているとの事で、殿に会いたいとの由にございます。」

「管領様からだと…?」



うーむ、いきなりだな。

何の先触れも無かったはずだが…、まぁ来てしまったからには会わねばなるまい。



「管領様にお会いするとすぐ返書しろ。最低限のおもてなしができるように準備もな。」

「畏まりました。」



近習が少し慌てた様子で出て行った。

さて何用だろうか。




◇ ◇ ◇




二刻程の後、細川高国が僅かな手勢と共に越中守山城にやってきた。

正確に言えば他にもそれなりな警護兵はいたのだが、それらの随伴せず氷見郊外に着陣してもらった。

氷見までは海路で来たようだな。



「これは管領様、ようこそおいで下さいました。さ、上座へ…」

「うむ、それ程気にせずとも良いのだが、お言葉に甘えてさせてもらうかの。」



僕が促すと細川高国が上座に腰を下ろした。



「して管領様は何故我が城に来られたのですか?」

「ああ。能登の畠山殿と会談する用事があったのもあるが、貴殿に嫡男が誕生したという文を寄こしてくれただろう。…少し遅くなったが祝いにな。」

「それはありがたき幸せにございます。我が妻も喜びましょう。」

「うむ。祝いの品は配下に届けさせてあるから、後程吟味してくれ。」

「は。ありがとうございます。」



僕は眼前の細川高国に向かって平伏した。



「しかしながら我が子、松風丸は妻と共に氷見の町におります故…」

「そうか、それは残念じゃのう。一目会ってみたかったのだがな。」

「では明日でよろしければご案内致しまする。」

「おお、よろしく頼むぞ。」



細川高国が満足そうに頷いた。



「さて話は変わるが、畠山義総殿も言ったおったが、長尾為景が越中に侵攻して来る兆候があるとか。」

「は。そのような情報を得ておりまする。」

「かの者は上杉殿では抑えが効かぬか。」

「残念ながら…。我等も準備は進めておるのですが、長尾為景は猛将故…」

「ふむ。儂が力になってやりたいのは山々なのだがな…」



これが本意かどうかは分からないな。

本意だとしても、畿内がきな臭い状況で北陸まで本格的に軍を出せないだろうが。



「…管領様もご事情も承知致しておりまする。」

「貴殿の薬売りとやらも優秀なのだろう。ま、儂の来訪は掴んでいたかな?」

「…恥ずかしい限りで。」

「いや、嫌味を言うつもりは無いのだ。…で此度の戦準備についてだが、敦賀郡司朝倉家に救援を求めたらいかがか?」

「朝倉宗滴殿にですか? しかし…」

「神保家と敦賀郡司朝倉家とは非公然に同盟を結んでいるのだろう。」

「それもお掴みで。しかし朝倉宗滴殿は朝倉家の家臣でもありますし…」



そこまで言ったところで細川高国が僕の言葉を遮った。



「建前等どうにでもなる。それに朝倉宗家や若狭武田は儂が抑えておいてやる。文句は言わせぬよ。それなら貴殿も動けるだろう。」

「それはありがたき事にございますが、何故我等神保家にそこまでしてくださるので…?」



管領である細川高国が朝倉宗家に囁いてくれれば何とかなるかもしれない。

若狭武田も抑えてくれれば朝倉宗滴も安心して軍を動かせるだろう。



「まぁ本音を言えば、貴殿も分かっておろうが、儂が畿内に掛かり切りの状況下だからだ。味方まではいかぬまでも、敵となる者が少ない方が良い。恩は売っておいた方が良い。」

「…それはその通りでございますな。」



それは確かに本音なのだろう。



「それともう一つ。貴殿は我が我が義甥(ろくろう)を預かってくれてるからな。」

「え、あ、そうですね…」



こっちは本音…?

意外な言葉が飛び出て来たものだ。



「意外だな、と言うような顔をしておるな。」

「は、率直に言うとそうです。」

「はっはっは!そうか!」



細川高国が豪快に笑った。



「あのわんぱくをどう扱っていくかが楽しみでな。意外と思うだろうが、儂は六郎をそれ程嫌いでは無いのだ。…まぁ凄く好きというわけでも無いがな。わっはっは!」

「は、はぁ…」



その後細川高国から長岡六郎の近況について質問を受けた。

細川高国の表情は柔らかいものだったし、長岡六郎を嫌いでは無いのも嘘では無さそうだった。

細川高国が朝倉宗家に働きかけてくれたおかげで、敦賀郡司朝倉家の援軍を得ることが出来るようになったのであった。



色々と忙しく更新が遅くなり申し訳ございません。


高国おじさんが何故か尋ねてきました。

薬売りがこの来訪を察知できなかったわけですが、曲がりなりにも天下人に近付いた実力者は流石と言う事にしておいてください。

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