第七十二話
一五二四年二月 安養寺御坊
まだ雪が降る日が多い二月。
今日は雪も止み少し足元は悪いものの、陽気としてはそれほど悪くは無かった。
この日僕は安養寺御坊を訪れていた。
ここに来るのは安養寺衆を率いていた大谷兼芸の葬儀以来か。
「これは殿、ようこそお越しくださいました。」
「うむ、大儀であるな。」
僕の前で平長光が平伏していた。
平長光は期間限定の代官として派遣していた家臣だ。
「実悟殿も息災か?」
「は、お陰様を持ちまして…」
「門徒も者達の生活はどうか?」
「信仰に関しましては引き続き御仏に帰依しております故。」
「うむ、良い事だ。門徒達から足りぬモノの申告があれば平長光を通して当家に申すが良いぞ。安養寺の門徒達も我が領民故な。」
「ありがたき幸せにございます。」
僕の言葉を受け実悟が一礼した。
「さて生臭坊主に会いに行くとしようか。」
「ご案内いたします。」
僕は実悟の後について本堂に向かった。
「おう、兼芸よ。酒を持ってきたぞ。後で備えてやるから存分に呑むが良いぞ。」
部下に指示し、大谷兼芸が生前にお経を上げていたであろう座布団の横に酒樽を置いた。
「つまみはそうだな、干物を焼くとしようか。どうだ?」
当然返事が返ってくるわけではない。
しかし兼芸湿っぽい雰囲気は好まない筈だ。
「まぁお前は彼岸でも俺の事を小馬鹿にしてるんだろうから、それを酒の肴にして存分に呑む事だな!」
僕はそう言った後に手を合わせた。
◇ ◇ ◇
さてこの安養寺御坊だが以前にも述べたが空堀と土塁で囲まれた、城とも呼べる存在だ。
寺の周りには門徒や商人が居るような町も存在していた。
越中の一向一揆はここ安養寺(勝興寺)と瑞泉寺が指導層となっているわけだが、瑞泉寺のほうも大谷兼芸と実悟の存在で我が方の友好勢力とすることが出来、神保家はこれらを纏めて安養寺衆と呼称していた。
僕はその執務室で平長光らこの辺りでの主要家臣と相対していた。
「長光よ。加賀との戦から半年が経ったが、その後このあたりの状況はどうなっている?」
「はっ。殿より賜っております支援の下、領民の生活は徐々に安定してきております。」
「家族を失った者達への取り組みはどうだ?」
「…それは長岡六郎殿の差配にて。」
「六郎の…? そうか、六郎を呼んでまいれ。」
…少ししてドタドタと廊下を駆ける音が聞こえて来た。
そしてガラっと襖が開いた。
細川六郎改め、長岡六郎だ。
「宗右衛門尉殿…、じゃなかった。殿! 長岡六郎が参ったぞ!」
「長岡殿、殿の御前ですぞ。」
平長光が長岡六郎を注意した。
相変わらず落ち着きがない坊主だ。
「ま、まあ良い。六郎、近う。」
「殿、しかしですな…」
「そうだぞ! おれと殿との仲だからな!」
そう言うと長岡六郎が僕の方に突っ込んできてガバっと抱き着いてきた。
まさに年の離れた弟がしがみついてくるアレだ。
「お、おい。急にしがみついてくるなよ。六郎。」
「良いでは無いか。最近殿は全然顔を見せてくれなかったんだからな。」
いや、僕も忙しいんだよ。
「…それより俺がお前を呼んだのは安養寺でお前がやっている事業について聞こうと思ってな。」
「殿は戦で家族を失った領民に関する事業についてお聞きになりたいそうです。」
おお、長光よ。ナイスフォローだ。
この男は補佐官にはかなり向いているな。
「それね。殿はもう見たかな。安養寺の少し先に工場を建設したんだ。」
「ああ、来る途中にあったな。この寺並の規模の建物があったから、何の施設だろうとは思っていたのだが。」
「そこでやっている事だが、戦で夫を失った未亡人、父親を失った子供の中で手に職を付けられるような年齢の者達を集めて和紙やそれを使った工芸品の手工業を始めたんだよ。」
おお、越中和紙と言うやつだな。
越中和紙には産地によっていくつかあったはずだが、史実では大きく産業化したのは江戸時代だったと思ったが。
「これなら男手は足りない家でも賃金を稼ぐことが出来るような特産品が無いか領民達に聞いてたんだよ。そうしたらちょうど職人を雇う事が出来たから、それならば先程申したような者達を使って生産させようと思ってな。最近ようやく良いものが出来て来たと思ってる。」
なるほど。
紙漉や工芸品作りは技術は必要であるが、確かに女子供でも出来そうだ。
それに技術の高い職人が作った高いグレードの者はそれなりに高く売れば良いし、そうでないものはその逆で量産品として売ることもできるだろう。
ふむ、和紙ならば薬を包む紙にも使えるし帳簿等を作ってもらうのも良いかもしれんな。
確か史実の江戸時代の薬売りも使っていた気がする。
「なるほど。では氷見の薬種業の方で使えるものを生産出来るようになったら俺のほうでも買い取ろう。欲しいものは追って狩野屋から伝える。」
「おお、そうか! 殿が事業で買い取るとなれば、工員達の士気も上がるはずだな!」
長岡六郎がそう言うと、拳を握りながら上目遣いで僕の方を見上げて来た。
ああこれ、褒めろって催促か?
尻尾があったら子犬の様にブンブン振っている気がする。
「ああ、そうだな。褒めて遣わそう。軌道に乗った暁には褒美を取らそうぞ。」
僕はクシャクシャと長岡六郎の頭を撫でた。
六郎はご満悦と言ったような笑顔になった。
うーん、まだまだこいつは子供だな。
ワンチャン長岡六郎です。




