第七十話
一五二三年九月 越中守山城
「…と言うわけで細川六郎を神保家に置くことにしたのか?」
所用にて越中守山城を訪ねて来た狩野屋伝兵衛があきれ顔で僕に言った。
近くに控える遊佐総光も微妙な表情だ。
「しょうがないだろう…? 子供を放り出すわけにもいくまい。」
「ふん、長職様はお人よしだな。」
「…いや、まだ召し抱えるとは言っていない。」
僕の言葉に細川六郎がバッと顔を向けた。
「ええ!! 置いてくれるんじゃないのかの!?」
「んぐっ!」
細川六郎が目を潤ませながらこちらを見上げて来た。
なまじ顔が良い美少年だから始末が悪い。
「置いて、くれないの??」
「…しかし六郎様は何が出来るのです? まだ元服して二年程なのでしょう…?」
「それはそうなのだが…」
この細川六郎(晴元)だが、某歴史ゲームではそれほど無能な将…では無かったと思う。
まぁ特筆すべき能力も無かったと思うのだが。
僕がプレイしたことのあるものでは家臣に三好長慶や松永久秀がいたからそれなりに何とかなった、という感じだった。
「宗右衛門尉殿、この通りじゃ。貴殿ご自身もそうだが周りの臣も優秀と評判じゃ。おれも必死に学ぶ故、何とかここに置いてくれぬだろうか…!」
細川六郎が両手を付いて頭を下げた。
「気持ちは分かるのだが、学ぶのなら当家で無くても良いのでは無いか…?」
「…畿内は権謀術数だらけじゃ。阿波にいる他の細川家や臣共もおれを権力を手に入れるための旗頭としか思っておらぬ。それが嫌なのじゃ。」
んまぁ、その気持ちは分からないでも無いな。
公方様なぞはそう思いながらも、将軍に収まっているわけだが。
…家臣になりたい相手に、敬語はもう不要だろう。
「ここにいたいと言うのなら俺の家臣になるしかないのだぞ。それもこんな田舎大名の神保家の、だ。客将なぞ迎えている余裕は無いのだからな。」
「おれを召し抱えてくれるのなら、末席で構わぬ。」
「左様か…」
僕は腕を組みながらふーっと息を吐いた。
「ならば致し方ない。貴殿を我が神保家家臣として召し抱えよう。」
「おお、ありがたい!宗右衛門尉殿!」
「…長職だ。俺は官途名で呼ばれるのはあまり好きじゃないんだ。ああ、それと。」
僕は扇子を六郎の方へ向けた。
「…神保家の仕えるのなら細川はまずかろう。今日から長岡六郎と名乗るが良い。」
それを聞いた<長岡>六郎が背筋を正した。
「ありがたき幸せにござる。この長岡六郎、誠心誠意長職様にお仕えする所存にござりまする。」
僕の前で長岡六郎が平伏した。
◇ ◇ ◇
「長職様は相変わらず面倒に巻き込まれるのだな。」
「ああ、まったくだ。」
その夜、僕は狩野屋伝兵衛と酒を酌み交わしていた。
…と言っても僕はあまり酒が強くないので柑橘系の果汁で割ったものを飲んでいた
「しかしあの細川晴元が畿内から去ったことで、畿内の情勢がこれからどうなるかまるで分からなくなったな。」
「そうなんだよ。細川晴元がいないと言う事は、この先大物崩れが起こらないかもしれない、と言う事だろ。」
大物崩れと言うのは史実であれば八年程先に起こるはずであった細川高国軍と細川晴元軍の合戦である。この合戦で細川晴元方が勝利し細川高国が後に自害、そして細川晴元が権力を手にしていくのだった。
「これが起こらないとすれば、細川高国は権力を手にしたままになるのだろうか?」
「どうだろうな。後に堺公方と呼ばれる足利義維、今時代は義賢か。これが今阿波に下向しているから別の旗頭にはなる。晴元がこれを擁立しないまでも三好に野心あれば利用するとは思うのだがな。」
この時代の三好家の当主は三好元長だったはずだ。
三好元長は三好長慶の父親でかなりの実力者である。
「まあそれでも細川晴元が関わらないことから、畿内の情勢は史実とは違う形になっていくのだろう。まったく困ったものよ。」
「できるだけ情報収集に努めなければならないな。」
何が起こるか分からないからこそ、間違いない情報を手にしていく必要があるだろう。
「で、あの坊やはどうしていくつもりなんだ?」
「そうだな。細川、もとい、長岡六郎はとりあえず平長光に付けようと思ってるよ。」
「平長光は代官として安養寺に送っているんだっけな。」
「ああ。長光はよくやってくれている。そのまま安養寺衆を任せたいところだが、長光はそれを望んでいないようだな。ひとまずしばらくの間、六郎にはそこで領地経営を学ばせようと思う。」
「それはお優しい事だ。しかし、長岡を名乗らせるか。」
「パッと思いついたのがそれだったからなあ。」
長岡、と言うのは歴史に詳しい諸賢ならお気付きかもしれないが、有名な細川藤孝/忠興が名乗った姓だ。
細川の一門と言えばそうとも言えるのだが、本来細川京兆家とは関係が無い筈だ。
…まぁ単なる思い付きでしかない。
「いずれにしても六郎に関しては少し様子を見るとするよ。伝兵衛、何かあればまた相談させてほしい。」
「ああ、それは構わんよ。」
「よろしく頼む。」
僕はそう言うとぐびっと酒を飲み干した。
さてこれからどうなることやら。
細川六郎が仲間になりたそうな目でこちらを見ていました。




