第六十九話
一五二三年九月 越中守山城
季節が進み、間もなく米の収穫次期が近付いてきた。
ここ数日、僕は政務の為に越中守山城に詰めていた。
今年の年貢率だが越中国砺波郡で三公七民とした。
やはり先だっての加賀一向一揆勢との戦の影響は小さくない。
その他の地域は状況に応じて収穫量の多い地域のみ追加徴収をする予定だ。
まぁそれでも我々の事業の収益を持ち出せば一割五分程度で済むだろう。
それと安養寺御坊周辺については大谷兼芸らの半自治状態であったのだが意外と善政を敷いていたようで、統治にあたり代官の派遣は行ったものの、それまで方針の継続でとりあえずは良さそうだった。
しかしいずれにしても早めに安養寺衆の政務・軍務を務めるものを考えなくてはならない。
実悟にも打診はしたのだが、自分は政治には向かないと断られてしまった。
実悟がいるから信仰の部分でこの地の真宗の門徒が纏まっている部分も大きいから文句は言えまい。
先の加賀一向一揆勢との戦に関連して我が畠山義総の軍が河北郡の北半分をうまい具合にかすめ取ってくれた。これは正直とてもありがたい。
ここを同盟国が押さえてくれたことで氷見など越中国北西部の守りについてそれほど気にしなくて済むようになった。畠山義総様様だ。
松風丸の誕生の際にもたくさんの贈り物をしてくれたし、折を見て返礼しなければならないだろうな。
「殿、失礼致します。」
近習の狩野職信が執務室へ入ってきた。
「おお、職信か。どうした?」
「殿にお目通りを願う者が来ておりますが、いかがなさいますか?」
「俺に??」
誰だろう。
特に家臣や他の国の将との会談の予定は入っていなかったが…。
「誰だね?」
「それが名を名乗らず、会えば分かるとの一点張りで…。身なりはそれなりに整っておりますが、まだ子供の様でして…」
子供…?
猶更分からないな。
「ふむ、では総光がいたら呼んでくれ。その人物へ十分に身体検査を行って暗器等も無いようであれば通してくれ。」
「は、畏まりました。」
少しして遊佐総光の共に来訪者が入ってきた。
「やぁやぁ、宗右衛門尉殿。細川六郎が会いに来たぞ!!」
「は、はあ!?」
来訪者は細川六郎であった。
◇ ◇ ◇
「おお、この茶は美味しいの!」
「ああ、それは明国から取り寄せた茶で…。じゃなくて何でまたこんな所に来たんですか?細川六郎様。」
その問いを受けた細川六郎が湯呑を目の前に置いた。
「いや実はな、宗右衛門尉殿…」
細川六郎が真剣な表情になった。
いったい何を言い出すのだろう?
「実はな、おれ、義叔父上に京を追放されてしまったのだ!」
細川六郎が自分の頭をピシャリと叩いた。
「は、はぁ? 追放?」
まぁ細川六郎とその義理の叔父である細川高国は仲が良くない。
というか史実では敵同士だったのから当たり前だ。
「うむ。義叔父上のところにしつこく行っては政治がどうかとか聞きまわっておったら、面倒だから出てけ!って言われてしまったんだ。」
「あ、あれ? 意外と管領殿と仲良かったの?」
「おれと義叔父上がか? おれは自分では悪いとは思ってなかったがな。」
あれ、そうなんだ。
管領・細川高国のほうは嫌そうな顔をしていたけどな。
そんな相手のところにしつこく訪問をしていたというのか…?
「それでな、一週間ほど前に『もうお前は儂が屋敷に来るな!!そんなに政治が学びたければどこぞ都以外の大名家にでも行くがよい!』なんて言われてしまったのだ。」
細川六郎が大げさに物まねをしながら言った。
「それなら阿波に戻れば良かったのでは…? 一門衆の屋敷にいたのでしょう?」
「ああ、阿波守護家な。おれが何回も近習を撒くものだから、最近ではあまりおれの事を探しにもこなくなったんだよ。」
何でそこでドヤるんだ。
実にめんどくさいクソガキだ。
「いや六郎様、それはいくらでも不味いのでは無いですか…?」
「なんの。おれが京…、畿内にいるから争いの原因になるのだ。せっかく京の都も平穏になったのだから、良い切っ掛けなったと言うもの。宗右衛門尉殿もそう思うだろ?」
血筋の事、何か争いの旗頭になりかねないのは理解しているか。
「まぁ…、六郎様が京や阿波におらねば管領様は安心為されるでしょうな。」
「そう言う事じゃ。それで京から越中へ向かう商人に金子を払い、ここまで連れて来てもらったのじゃ。と言うわけで宗右衛門尉殿、おれをここに置いてくれまいか?」
「いや、なんて?」
突然何を言い出すかと思えば…。
「だからおれを神保家に置いてほしいと言ってるのだ。神保家は義叔父上とも敵対しておらぬし、公方様との関係も良好と聞く。もちろん、ただでとは言わぬ。それ相応の働きを見せよう、どうだ?」
細川六郎が小柄な体で精いっぱい胸を張ってみせた。
何でこいつはこんなに自信満々なんだ…?
僕は小さくため息をついた。
六郎君は火種になるのかそうじゃないのか。
それはまた後日。




