第七話
一五二十年 八月 越中森寺城
二十四節気の立秋も過ぎ暦の上では秋になったのだが、まだまだ気温が高く残暑が厳しかった頃、僕は氷見の北西にある山城・森寺城を訪れていた。
森寺城は越中国内にはあるが能登畠山家の出城であり、言わば越中神保家から見たら敵の城である。
僕はそこへ単身で訪れていたのだ。
まあ、ここで殺されるかもしれないが、それはそれで僕の運はそこまでだったと言う事だ。
そうそう、以前話に出た薬種商の唐人であるがその後無事に身柄を確保できており、協力と言う名の囲い込みに成功していた。これから販路を拡大していく心積もりだ。
「長職よ。」
後ろから話しかけてきたのは能登畠山家に仕えている叔父の神保総誠だ。
「叔父上、この度は畠山義総様への御取次ぎ、ありがとう存じまする。」
僕は叔父のほうを向き一礼した。
「お主が突然文を寄こしたものだから、儂も驚いたぞ…。その内容にもな。」
「それ程私もやるべきことがあると言う事にございますよ。」
叔父と言葉を交わしていると、何人かの足音が聞こえて来た。
どうやら畠山義総がやってきたようだ。
僕はさっと平伏した。
「うむ、その方が神保長職殿か。面を上げよ。」
僕は顔を上げた。眼前には覇気に溢れた男が座っていた。
畠山義総は確か一四九一年生まれと聞いていたから、今は二十九歳の筈だ。
まだまだ男盛りと言う事なのだろう。
「お初にお目にかかりまする。某が越中神保家が当主、神保宗右衛門尉長職と申します。この度は某の為に拝謁をお許しいただき…」
「ああ、堅苦しい挨拶は良い。して長職よ、何ゆえ俺に会いたいなどと申したのだ。」
なるほど、窮屈な会話は好まぬか。
「はっ。では単刀直入に申し上げます。」
「うむ。」
「畠山義総様には、我が越中神保家をお目こぼし頂きたく参上いたしました。」
「…?」
畠山義総が一瞬呆気にとられた表情を浮かべた。
「…長職よ。もう一度申してみよ。」
「は。我が越中神保家をお許しいただけませぬでしょうか?」
僕は再び平伏した。
「はっはっは。総誠よ、お主の甥は中々面白い事を言いよるな。」
畠山義総が大きな声で笑い始めた。
叔父の総誠も苦笑いの表情だ。
「長職、お主の父上は畠山に叛逆したのだ。今は休戦しておる状況だが、いずれまた戦となるだろう。言わば我らはお主の敵ぞ。」
「は。我が父は越中守護の畠山家に叛逆致しました。しかしながら父は死に、息子の私としましては能登守護の畠山家、とりわけ畠山義総様へ叛逆するのは本意ではございませぬ。」
「…言葉遊びだな。」
「言葉遊びでございます。しかしそれが私の意志でござりますれば。」
僕は畠山義総の顔を見た。
「…お主の意志は分かった。だが昨年の戦で共に戦った椎名はどうかな? 継戦の意志があるのでは無いか?」
「椎名慶胤殿は私が必ず説得致しまする。」
「そうか。」
畠山義総は少し上を向いた。
「しかしそれを認めたとして、我が畠山には何の利がある? 俺がお主を許せば神保や椎名は継続して守護代の地位を得られるかもしれぬ。本家がどう思うかは知らんがな。お主は我が畠山に何をもたらしてくれる?」
「は。私は二つほど考えがございます。」
「申せ。」
「我が越中神保家は氷見の町にて産業を興し、発展を目指したく考えております。その方策も幾つか前に進めておりますれば、その詳細についてはこの書へ認めてございます。氷見の町は能登畠山家の本拠である七尾も近く、必ずや御家の発展に寄与できると確信しておりまする。」
僕は畠山義総の小姓へ書を渡した。
「なるほどな、あとで確認しよう。で、二つ目は?」
「来る<何か>があった時には、我が越中神保家は義総様に合力することをお約束いたします。」
僕の言葉に畠山義総が表情を変えた。
鋭い目つきが僕に突き刺さった。
「来る<何か>とは何が言いたいのだ。」
「義総様は能登の発展に尽力している事は存じ上げております。…しかし恐れながら申し上げまするが、現在の領国経営は御父上の畠山慶致様との二元政治であり、守護代様方の力もまだまだ強うござる。」
「・・・」
畠山義総は後世名君と呼ばれるが、能登畠山家の前途は多難なものであった。
つい数年前にも内乱を鎮圧したばかりだったのだ。
「…もし家臣共が<何か>起こしたときには兵を出してくれるのか?」
「越中神保家をお許しいただけるのであれば必ずや…!」
「…一考に値する話だな。先程の書を確認したうえで、追って返事をしよう。今日の所は下がっておれ。」
「かしこまりました。何卒お願い申し上げまする。」
僕は三度平伏した。
能登畠山家は先代の畠山義元が当主の際にいろいろと揉め事がありました。守護代遊佐氏による、所謂クーデターです。
史実ではその後(義総の死後)も重臣達が権力抗争を繰り広げたのでした。
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