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第六十八話


一五二三年六月 越中氷見・狩野屋屋敷



加賀一向一揆勢の侵攻を撃退してから1ヵ月が経過した。

今回の戦は僕は神保家の家督を継いでから間違いなく最大の戦いであったのは間違いない。

この戦いで恐らく加賀一向一揆勢は一万近い将兵が命を落とすことになっただろう。

一方で我が軍は常備軍に安養寺衆・国人衆の兵を加えて四千程の兵を失うことになってしまった。

総兵力数で劣る我が軍がキルレート<二以上>を叩きだしたわけでそれはそれで上出来ではあるのだが、命を落とした兵にも家族がいるはずだ。

その痛みは目に見えるモノだけではない、まずは領内の慰撫に努めなければならないだろう。

名のある将で命を落とした者は大谷兼芸(かねのり)のみであった。

安養寺衆は最も多くの兵を失ったわけで、これからどのようにすべきかな。

それに加賀一向一揆勢が(おそらくすぐには来ないだろうが)再度侵攻してくることもありえる。

課題は山積みだ。



そして今日、僕的にも(神保家的にも)一大事がやってきた。

そう、愛妻の芳が産気づいたのだ。



「う、うむむ。まだか…!?」

「落ち着けよ、長職様。万全の準備をして来ただろう。」



そわそわしていると狩野屋伝兵衛に肩を叩かれた。

中世における出産は日本のみならず現代よりもより命懸けだ。

そして少しでも苦痛を和らげるべく姿勢や呼吸法の研究にも出資してきた。

あとは芳や神保家の医療従事者を信じ祈るしかない。

 


数時間が経っただろうか。



「おぎゃあああああああ。」



芳が出産に臨んでいた部屋から赤ん坊の大きな産声が聞こえてきた。



「殿…!! 若様が、若様がお生まれでございます!!!」



芳に付き従っていた侍女が駆け込んで来た。



「お、おお…。芳、芳は無事か!?」

「は、はい! お芳様もご無事であらせられます!」

「そうか!良かった! して今二人には会えるのか!?」

「はい。お芳様もお喜びになると思います。」



侍女の言葉を聞くや否や、僕は愛妻が居る部屋に駆け込んだ。

文字通り、駆け込んだのである。

流石に疲労の色を見せてはいるが、芳が我が子を抱き笑いながら迎えてくれた。



「芳!!でかしたぞ!!!!」

「ああ、長職さま。わたし、わたし…!」

「分かってる、分かっているぞ!。おお、この子が芳と俺の子か。」



僕は我が子を抱いた。



「ぎゃあああ、おぎゃあああ!」



実に元気な産声である。

そして泣き止みそうにない。



「あらあら、我が息子は子供の抱き方が下手ですねえ。こう抱くのですよ。」



ママ上の登場である。実に久しぶりだ。

そしてママ上が赤ん坊を抱きあげると、安心したかのように泣き止んだ。

何か悔しい。



「ンンッ! と、とにかく無事に出産出来た良かった。

「それで長職さま。この子の名はどのように致しますか…?」

「うむ、名だが…」



名と言うのはそう、幼名である。

武士の時代、元服するまで名乗るものだ。

有名どころで言えば織田信長の吉法師(きっぽうし)や徳川家康の竹千代(たけちよ)等があるな。

織田信長の嫡男織田信忠の奇妙丸(きみょうまる)なんてのもあるが、そういう系統はナシだ。



「男児であれば松風丸(まつかぜまる)と言う名を考えておった。」



陰暦六月の異称を松風月と言い、そこからこの名を考えたのだ。



「松風…、良き名です。」

「うむ。先の戦もありまだまだ落ち着かぬ状況であるが、何とか健やかに育てて参ろう!」



その後芳は体を休ませるために侍女と共に部屋を辞し、我が子松風丸はママ上に任せた。

ここは経験者に任せるのが一番だろう。

極力育児には参加していきたいものだ。


僕の方はと言うと、関係の諸将へ嫡男誕生の文を認めた。

能登の畠山義総(あにうえ)はもちろんの事、隣国越後守護上杉定実や長尾定長、朝倉宗滴・景紀義親子などだ。一応形式上の主君である公方・足利義晴にも出しておいた。


義総(あにうえ)へは早馬で文を送ったのだが、その使者が帰るとほぼ同時くらいに能登から飛んできた。何と言う速さだ。

そして義総(あにうえ)は文字通り破顔させながら自分の事の様に喜んでくれた。

いつもこれくらい優しくしてくれれば良いのにと思ったが、それは言いっこなしと言うものだ。


その後関係の諸将から文や祝いの使者・品などが到着するのだが、それに関連した出来事は後で述べるとしよう。




















ついに嫡男が誕生です!!!

神保長職の史実での嫡男は神保長住(ながずみ)となりますがおそらく生年が十年ほど合わない(と思われる)ので、架空の人物となります。

ご了承のほどお願いいたします。

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