第六十話
一五二二年五月 京
京の都に到着してから三日後、僕は朝倉宗滴・景紀義親子の案内で京の町を歩いてみることにした。足利義晴の征夷大将軍就任に伴い、京の町は<いったんは>平穏な状況を取り戻しているようだ。
権力者となった管領・細川高国が軍を出して町を警護しているのも大きい。
(とは言え治安が完全に良いとは言えないため、複数の警護兵は引き連れているし、我が方の薬売りも周辺に忍ばせているのだが。)
「ふうむ、やっぱり京は都だけあってかなり大きい都市なんだな。」
場所は現代で言う下京区あたりだろう。
周辺には商店が立ち並び、行きかう人もかなりの数だ。
「長職殿は京に来るのは初めてですか?」
僕の右隣りに歩いていた朝倉景紀が話しかけて来た。
「ええ、恥ずかしながら俺は田舎侍でしてな。それに越前と違って我が国は混乱のさなかにありましたから、とても京に行けるなんて思っていませんでした。」
「田舎…と言えば越前もそんなには変わらないと思いますが…」
「いやいや、一乗谷なぞは公家や文化人の方々が集まるくらいでしょう。」
「まあ、アレは兄の孝景の趣味と言いますか…」
「フン、あやつは文化・文芸に現を抜かし過ぎなのだよ。」
反対側にいたのは朝倉宗滴だ。
実に豪華なサンドイッチと言えよう。
「宗滴殿は御当主の方針がお気に召さないのですか?」
「む…、文化の保護は確かに大事なことじゃ。しかしだな…。まぁ、そのあたりは座りながら話すとしよう。この先に儂の馴染の茶屋があるでな。」
朝倉宗滴がこの先の路地を指さした。
僕達はその路地を曲がり、こじんまりした家屋の門を扉をくぐった。
◇ ◇ ◇
目の前に団子と茶が運ばれてきた。
この団子は醤油を付けて焼いた串団子だ。
現代のみたらし団子のように甘いタレが付いている団子になったのはずっと後の事だ。
つまり今なら時代を先取りできるかもしれないな。
「どうかしたのか? 長職殿。」
団子を見ながらそんなことを考えていると朝倉宗滴が訝しげな表情で話しかけて来た。
「あ、い、いえ。美味しそうな団子ですな。」
「もっと美味しい食べ方でもあると思うかね?」
「そうですな、もっと甘くした方が日ノ本中で流行るような…、え?」
「…ふむ、やはり貴殿は時折不思議な雰囲気を感じる御仁だ。」
「ふ、不思議な雰囲気、ですか…?」
僕は少し冷や汗を感じながら朝倉宗滴の顔を見た。
「うむ。貴殿と話していると、その人柄は実に好ましい。しかしながら先日も言ったが、貴殿の言葉の中に儂の様な者には到底考えもつかぬようなものを感じることがあるのだ。儂が古き考えの人間だと言えばそれまでだが、それよりも未来が見えるのではないかとも思ってしまう。」
ギク!
「そ、そんなことはありませぬよ。…生きるのに必死なだけでして。」
僕は慌てて否定した。
今この答えは思えば言い訳にしては無理があったかもしれない。
「まあそう言う事にしておくしもっと美味しい団子の食べ方については後で聞かせてもらいたいが、それより儂の質問に答えてくれるかな?」
何を問おうとしてくるのか。
「我が朝倉家は、これからどうなると思うかね?」
「あ、朝倉家が、ですか?」
僕はそこまで言って口ごもってしまった。
「有体に言って構わん。」
「…独り言でよろしければ。」
「うむ、それで良い。」
「…宗滴殿がいなくなられた先で、そのまま今の栄華が続くとは思えませぬ。」
僕の時代に伝わる史実に繋がっているかは分からないが、朝倉宗滴がいなくなれば衰退に向かうのは間違いないだろう。
史実では(まだ生まれていない筈だが)朝倉景鏡と言う人物が時の当主である義景を売ったはずだ。
このまま時代が進めばそれは起こるかもしれない。
「左様か。」
「景紀殿も有能な人物でいらっしゃいますが、御一族には野心を持った方々が多うございましょう。」
あくまでも僕の印象での話だが、朝倉一族にはあまり良い印象が無い。
「…まぁ、否定はせぬが。」
「結局のところ軍神・宗滴殿の存在が大きすぎるのですよ。」
「儂をそこまで持ち上げてくれなくても良いのだが、まぁ今後我が朝倉家が生き残っていくにはどうすれば良いかね?」
「それは朝倉宗家でしょうか? それとも宗滴殿が朝倉家でしょうか?」
「無論、我が朝倉家よ。」
なるほど、正直だね。
現実が見えているのかもしれない。
「…なれば泥船に縋るのは御止めいただきたいと存じます。」
「泥船とは…、公方様の事かね?」
「はい。畿内の混乱の原因でもあるが故に諸大名も頭の片隅では理解しておいでだとは思いますが、その権威に絆されている人物が多いと思います。我が義兄ですらそうです。…しかしながら公方様に応仁の乱より続く大乱が収められましょうか?」
「…無理であろうな。」
「はい。収められるとすれば強き力を持ち、ひとつの考えに縛られない人物だけでしょうな。」
そう、織田信長や豊臣秀吉のような人物だ。
まぁ結果的に徳川家康が天下太平の世にしたわけだが、その土台は前述の二名が作ったと言っても良いと思う。
「…長職殿はどうだね?」
「…俺にはそのような力はありません。俺が望むのはこの戦乱の世で少しでも長く友と共に生き延びたいと言うだけですよ。」
「ふむ、左様か。」
朝倉宗滴が腕を組みながら義息子をチラッと見た。
「宗家当主と兄弟である景紀の前でこんなことを言ってはいけないのだろうが、宗家の趨勢よりも今後景紀が紡いでいくであろう我が敦賀郡司家の生末が気になるのだ。宗家を乗っ取ろうとは思わないが宗家が滅びたとしても、敦賀郡司家が続いていけばそれで良い。」
「義父上…」
朝倉景紀が拳を握りながらつぶやいた。
「のう、長職殿。貴殿は我が義息子と同世代だ。貴殿は謙遜されているようだが、儂は貴殿に光るものを見ているつもりだ。…どうか我が景紀も義兄弟のように引き立ててはくれんだろうか。」
軍神が親の顔になっていた。
そこまで言われたら正直悪い気はしないな。
「我が神保家と敦賀郡司家は同盟を結んでおります故、必ずお力になりましょう。必要な策があれば献策申し上げまする。」
「おお、そうしてくれるか。」
「長職殿、某からもお頼み申しまする。」
朝倉親子が僕の手を取ってきた。
以前から同盟は結んでいたのだが、これでさらに深い仲間になれた感じがするな。
一人でも多くの仲間を増やしていきたいですね!




