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第五十九話


一五二二年五月 京・畠山屋敷



「ほぉ、長職殿は茶の湯も嗜まれるのか? 若輩にしては中々の御点前だのう。」

「お、お褒めいただきありがとうございます。」



朝倉宗滴が僕の出した抹茶を飲み干して感嘆の声を上げてくれた。

かの有名な人物に褒められるのは嬉しい事だ。

そう、僕は<この時代に来る前>に茶道を習っていたのだ。

…と言っても本格的に教室に通っていたと言うよりは部活でやっていたくらいなんだけど。



「ほう、俺も知らなかったな。何で今まで披露しなかったんだ?」

義兄上(あにうえ)はお抱えの茶道家とかいるでしょうが。」

「んーまあ、それはそうだな。」

「素人に毛が生えたくらいの俺じゃ敵わないって。」


「ははは、やはり其方等は面白い義兄弟(きょうだい)だな!」



僕達義兄弟のやりとりを聞いていた朝倉宗滴が大きな笑い声を上げた。

しかし目の前の光景は実にすごいものだ。

<こんな義兄(あに)>ではあるが能登の名君として名高い畠山義総に、軍神・朝倉宗滴と景紀義親子(おやこ)が一堂に会しているのだ。

歴史好きにはとんでもない光景に見える事だろう。



「そうだ、こんな機会は滅多にあるものでは無いから聞いてみたいのだが…。朝倉宗滴殿、少し質問しても良いかな?」



畠山義総が朝倉宗滴に問いかけた。



「は、某に答えられることなら何でも。」

「なに、質問は単純なのだが俺には答えが出せなくてな。稀代の軍神とも言われる宗滴殿は、今の畿内の状況をどう思われる?」

「…軍神などとはもてはやされるが、儂は多くの軍役に就いていただけですが…。そうだのう、質問の答えだが、まさに混沌と言えましょうな。」



混沌、まさにその通りだ。

応仁の乱以降、畿内は権力闘争の場となっていた。

本来武家の棟梁と言うべき征夷大将軍は足利義晴であるが、今の幕府において大きな力を持っているのは管領細川高国だ。その対立勢力や日和見の武将もいるような状態で、微妙なバランスとなっていると言っていい。



「御当主の孝景殿はどう思われてるだろう?」

「あやつ…、失礼、御屋形様は軍事や外交にはあまり関心が無いようでしてな。文治政治家としては良いのでしょうが…」

「…余程武将とは言えぬ、と言う事かね?」

「有り体に言えばそうなりまする。」

「成程。それで貴殿が各地を転戦しているという事か。」

「まぁ、公方様の仰ることは良く聞こうとするので、幕府からすれば扱いやすい人物と言えましょう。」



中々に突っ込んだやりとりである。

この時代の朝倉家当主は朝倉孝景と言う人物だ。

宗滴が自らの主君・孝景に対する評価、主に武将としてのもの、はそれ程高くなさそうだ。

もっとも宗滴が言う様に文化・内政においては優秀で、朝倉孝景の時代の朝倉家は全盛期と迎えていたという。

(まぁ軍事面での宗滴の活躍も大いに関係していた筈だが)



「ふぅむ、貴殿も中々に苦労されているのだな。」

「…ははは。我が朝倉家は見てくれは栄えているように見えるでしょうが、その実はそれなりに大変なのですよ。そうだ、ここは若い者の意見も聞いてみたいと思いますが、長職殿はどう思われる?」

「へ、俺、私ですか?」



急に話を振られたので少し戸惑ってしまった。



「ええ、越中での活躍で評判の長職殿のご意見も伺いたいものですな。」

「え、まぁ、そうですね。私としては基本的に公方様とは距離を置いておきたいと考えております。」

「ほう、その心は?」

義兄上(あにうえ)や宗滴殿もご存知の通り、公方様にはかつての足利将軍家ほどの権威はありません。幕府の実権は管領の細川高国殿が握っておられる。しかしながらその力も非常に不安定でありますれば…」



史実ではこの管領・細川高国の政権も数年後に崩壊する。

その後も細川晴元やその執事の三好長慶等が出て足利将軍を傀儡として一時的に機内に覇を唱えるも、織田信長により室町幕府は終焉を迎えるのだ。

細川晴元は若年ながら既に父・澄元派閥を継いでいた筈だ。

三好長慶はまだ生まれたばかりだったかな。




「これに続く権力闘争の末に、室町幕府は終わりに向かうかもしれません。確かにまだ多少の権威はあれど、それを旗頭にするのは危険でありましょう。」



前にも述べたが織田信長が史実通りに出てくるかは分からないのだが、ここまでの畿内の情勢は概ね史実通りに動いていると考えている。ここまで僕や狩野屋伝兵衛は特に畿内の情勢には介入していないからだ。



「なるほどな。お前の考えは的を得ており、画期的ではあるな。古い政治に触れて来た俺には思いも付かぬことよ。だがな、義弟(おとうと)よ…」



畠山義総が口を挟んで来た。



「それでもまだ、畿内は公方様を如何に取り込むかが政治の中心だ。その考えはいたずらに広めない方が良いな。公方様が号令を掛ければ、守護大名等の諸将は動くぞ。」



うーむ、それもそうだ。

室町幕府最後の将軍の足利義昭ですら手紙を書きまくっていたらしいからな。

下手な事を言って討伐対象にはなりたく無いモノだ。



「しかし長職殿の仰ることも一理ありまする。…長職殿は今実権を握る細川高国殿の政権は長く続かぬとお思いか?」

「…それは断言はできませんが、細川家には他にも有力な方がおりましょうな。また畿内は荒れてくると思っております。」



数年後にはおそらく細川家家中の内訌がまた勃発することだろう。



「ふむ。畠山義総様が仰るように、長職殿のお考えは画期的なものの様に思える。いやはや、儂の様な爺には思いも付かぬ。」



思い付いている、と言う事じゃなくて歴史を知っているだけなんだけどね…。

しかしそう思うと数年後に力を付けるであろう細川晴元には興味あるな。

この上洛を利用して、どこかで接点を持てないものか。

…あとで薬売り(ちょうほういん)に調べさせるかな。











すみません、更新がまた遅くなってしまいました。

よろしくお願いいたします。

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