第六話
一五二十年 七月 越中氷見 狩野屋屋敷
「伝兵衛、なかなか良い屋敷に暮らしておるのだな。店構えも大したものでは無いか。」
越中も暑くなり始めたある日、僕は氷見にある狩野屋を訪れていた。
色々と商売の話や情報集めをするためだ。
店構えを見るに、狩野屋は氷見ではそれなりに大店であると言えそうだ。
「これはこれは長職様。ようこそお越しくださいましたな。これ、早く御殿様をお通しして、冷たい麦湯をお出ししないか。」
狩野屋伝兵衛は手代にテキパキと指示を出していた。
僕は手代に一人に腰の物を預け、店の奥へと入った。
応接間に通されると、僕は促されるように上座へと腰を下ろした。
まあ、一応は神保家の棟梁と言う事になっているからね。
僕は小僧から麦湯と受け取る半分くらい飲んだ。
「ふう、生き返るようだ。中々に暑くなってきたからな。」
<現代>程暑くないとはいえ、冷房等無い世界だからな。
「それはようございました。…これ、お前(小僧)はもう下がってよい。呼ぶまで応接間には誰も通さないように。」
「かしこまりました。」
狩野屋伝兵衛の指示を受け、小僧が部屋を退出していった。
「ふむ、なかなかの店の主ぶりだぞ。伝兵衛。」
「長職様、心にもない事を言うんじゃないぞ。」
「それなりに本心なんだがな。」
僕は肩をすくめた。
「コホン。それよりも商いの方だがな、ひとつ芽を出せそうだぞ。」
「ほう…!」
狩野屋伝兵衛の言葉に、僕は思わず声を上げた。
「それはどういうものかな?」
「この前あんたも言っていた<富山の常備薬>だよ。」
「ん、でもそれはまだこの年代には存在しないんじゃなかったのか?」
「ああ。そもそも富山の薬売りだが、17世紀と言われていてな。富山藩の頃とされている。」
「ずいぶん先なのだな。」
「まあ、産業としては、って事だ。しかしな、それよりも前に薬種商の唐人が越中に来ていたんだよ。つい最近そいつを高山で見つけたのだ。」
「ほう、それは素晴らしいな。」
僕は腕を組みながら頷いた。
「それで、その者たちに協力を求めようと言うわけだな。」
「いや違うぞ。」
「ん、どういう事だ?」
何を言っているんだ?
僕の問いに対して、狩野屋伝兵衛が指をさして答えた。
「甘っちょろい事を言ってないで、そいつらを攫ってこい。…商人が簡単に商売について話したり協力する訳は無いだろう? 時間が限られてるんだから脅してしまえば良い。」
「お、おう…」
こやつ、中々過激だな…。
まあでも、確かにそれは方法の一つではある。
「武力を持っているんだから、それは長職様の役目だろ。さっさと進めたほうがいいぞ。時間が限られてるんだからな。」
「わ、分かった。戻り次第弥五郎に命じ、手配することにしよう。」
…その唐人に関して詳しく聞いてから、前に進めるとしようか。
「商いについてはまあこんな所だな。時に畠山についてはどうするんだ?」
「ああ、そこは僕も考えていてな。」
僕は懐から扇子を出して自らを扇いだ。
「能登畠山の家臣に神保総誠、この時代はまだ偏諱を受けてない可能性もあるから綱誠かもしれないが、父の弟の叔父がいるんだ。その叔父に繋ぎを頼もうと思っている。」
「なるほどな。…だが畠山とは一戦を交えたのだろう。うまくいくのか?」
「畠山義総は後世に名君として有名になったが、この時代実父慶致との二元政治だったはずだ。…揺さぶりを掛けるなら今だろ?」
僕はパチンと音を立てて扇子を閉じた。
史実通りなら、五か月後には戦が始まるはずです。
神保総誠は実在しており、まだかなり先の話ですが能登畠山氏の中で重臣となる人物でした。畠山義総からの偏諱の時期が分からないので、とりあえず綱誠と言う事にしておきます。
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