第五十八話
一五二二年五月 京
越中を出発して数日の行程を経て、僕達一行は京の都に到着した。
応仁の乱以降荒廃した都…と思ってはいたのだが、乱で焼け残った下京から復興したことから商業の町としては復興を始めていたらしい。
主に焼け落ちたのは公家や寺社、武家屋敷などがあった上京だったのだがそちらの復興はまだ半ばで、言うか在京していない公家や武家も少なくないため思う様に進んでいないようだ。
嘗て栄華を誇った平安京からすると寂しいものなのだろう。
「俺が屋敷は京の中心部から外れた郊外にある。下京の商業街に行くには多少不便だがな。だがここなら守りやすいと言うものだ。」
京滞在中に逗留させてもらう能登畠山家の屋敷は京の町から離れた小高い丘にあった。
史実ではどこに屋敷を持っていたかなんて知らないからこの屋敷の場所がどれくらい歴史から外れたかは分からないのだが、街道も近くもし何者かに攻められても地形をうまく使えば守るにも逃げるのにも良い場所に見えた。
また周辺に陣も築きやすいから、兵の駐留にも問題無さそうだ。
「これは兄上!…と長職殿。お久しゅうございますな。」
畠山屋敷の門をくぐると、畠山九郎が顔を出してきた。
そうだった、畠山九郎は狩野屋の一員として在京していたんだった。
畠山家の屋敷を拠点に動き回ってたんだったな。
(け、決して忘れてたわけじゃないよ…!)
「九郎よ、息災であるか。ついでに我が長職も連れて来てやったぞ。」
「兄上もお元気そうで何よりです。ついでに長職殿も。」
畠山兄弟が微妙な、何とも言えない笑い顔でこちらを見て来た。
兄弟揃って僕をついで扱いするなんて、何だかんだ似た者同士なのか?
「あ、はい。そうですね。俺はついでの義弟にございますよ。それより九郎殿、京での様子はどうなんだ? 伝兵衛や薬売りからそれなりには聞いてはいるのだけど。」
「ああ、狩野屋としての商いはかなり勉強させてもらっていましてな。近頃は茶器の商いを始めました。」
なるほど、これは中々目の付け所が良い。
今よりもう少し後の戦国の世において、武家のたしなみとして茶の湯が流行してくるはずだ。
その最右翼が織田信長であり、豊臣秀吉であった。
うーん、でもこの歴史においてはどうなるだろう?
織田信長や豊臣秀吉が史実の様に活躍するかは実に不透明だ。
まぁ彼等がいなくとも茶の湯はそれなりに流行ってくるとは思うのだけど。
「長職様、どうかなされた?」
畠山九郎が僕に問いかけて来た。
「あ、いや。少し考え事をしていただけだ。茶器の商いは良いと思うから、伝兵衛と相談しながら進めてくれ。」
「分かり申した。…では私はこれから商いに行くので失礼致す。」
畠山九郎は一礼すると、何人かの供と連れてこの場を辞していった。
「ふむ、九郎も精力的に動いているようで何よりだ。さ、長職よ。兵の差配は配下に任せ、俺の屋敷に上がるといいぞ。」
「はい、お言葉に甘えさせていただきます。」
僕は義総に促され、畠山屋敷に上がった。
公方に謁見するまでまだ数日あるし、羽を伸ばさせてもらおうかな。
◇ ◇ ◇
「おお、朝倉宗滴殿、景紀殿。二月以来ですな!」
翌日、畠山屋敷に兵を伴った来客が訪れて来た。
そう、朝倉宗滴、景紀親子である。
「うむ。長職殿が畠山様の屋敷に逗留していると聞いてな、これは挨拶せねばと思ったのだ。」
朝倉宗滴が馬を下りながら笑顔で応じた。
景紀もこちらへ深々と一礼した。
「ほう、この御仁がかの有名な軍神・朝倉宗滴殿か。」
義総が僕の後ろから顔を出してきた。
「これは能登守護、畠山義総様にございますか。ご挨拶が遅れて申し訳ござらん。某が朝倉宗滴、これが義息子の景紀にござります。」
「宗滴殿、景紀殿。立ち話も何だから中に入られよ。ほら長職よ。早くお二人をおもてなしせぬか。」
「え、俺がやるの!?」
僕は思わず顔をしかめながら義総を見た。
「他に誰がいる。ほら、客人を待たせるで無いぞ。」
「わ、分かりましたよもう。」
僕は渋々、狩野職信ら配下と共に屋敷の中に入った。
「…ふぅむ、面白い義兄弟だのう。ますます興味が湧いていたわい。」
朝倉宗滴は僕の方を見ながらそう呟いたのが聞こえた。
京の都に到着しました。
文中の触れ込みの通り能登畠山家の屋敷はとりあえず架空設定しております。
朝倉宗滴親子も公方への謁見の為に朝倉家名代として来たと言う事にしてあります。




