第五十四話
一五二二年二月 氷見某寺院
二月も末に近付いたある日、ついにかの有名な朝倉宗滴と会談するときがやってきた。
既に氷見の町は千名の神保家常備軍にて軍事演習で封鎖をしていた。
いつも通り遊佐総光を大将としているので、抜かりなくやってくれるだろう。
会談場所は氷見の港からほど近いところにあるとある寺院だ。
もちろん周辺にも兵を配備して厳重な警備を行っていた。
さて我が方から会談に出席する人物であるが僕の他には小姓の狩野職信、そして松波長利を同席させることにした。斎藤道三になるかもしれなかった人物とかの軍神と同席することが出来るなんてムネアツだ!
「お、いらっしゃいましたな。」
狩野職信が声を上げた。
寺院建屋の玄関から外を見ると、少し白髪が混じった男がこちらに歩いてきた。
この男が朝倉宗滴だろう。
後ろに控えている若いほうは義息子の朝倉景紀かな。
僕は出迎えの為に立ち上がった。
「ようこそいらっしゃいました。私が神保家当主、神保宗右衛門尉長職にございます。」
「うむ。貴殿が今を時めく神保長職殿か。儂が朝倉宗滴にござる。これは我が義息子の…」
「朝倉景紀にございます。」
「朝倉宗滴殿、景紀殿。ここは冷えます故、中にお入りください。」
「は、失礼いたす。」
客人を寒風に晒すわけにはいかないからな。
僕は朝倉宗滴達を客間へと案内し、温かい茶でもてなした。
「では改めて…。此度は御目通りを頂き恐悦至極にございます。」
茶で一服した朝倉宗滴が僕に向かって一礼した。
「いやいや、私も有名な朝倉の九頭竜殿にお会いできて嬉しく思います。此度同席されていただいておりますのは配下の松波長利と狩野職信にございます。お見知り置きくださいませ。」
「うむ。して神保長職殿…。ここに来るまでに感心したのだが、神保家が兵はかなり訓練され統率が取れた者達ですな。噂には聞いておりましたが…」
さすがは軍神、そこに目が行くか。
まぁ常備軍の中でも精兵を選んだ、と言うのはあるんだけどな。
「は。我が神保家の侍大将たる遊佐総光が良き兵を育成してくれておりましてな。」
「なるほどな。あれはあまり相手したくないと思いました。良き兵と言うのは平時の動きを見てこそ分かる。我が義息子とそれ程年も違わぬと言うのにここまで家中を纏められているとは大したものよ。」
「はは、恐縮でございます。」
軍神に褒められるなんて悪い気はしないな。
「それで朝倉宗滴殿。此度は何故、私にお会いになろうと思われたのですか?」
「それは単純に、儂は神保長職と言う男に単純に興味があったと言うのもあるのだが…」
朝倉宗滴が呼吸を置いた。
「お主が儂や景紀にとって敵か味方か見極めに来たのよ。」
「ほう…」
やはり、朝倉宗滴は中々に豪胆な男だ。
「それだけを見に、僅かな供のみで敵地になるかもしれない地に足を踏み入れたのですか?」
「それで死んだら儂も義息子もそれだけの人間だったと言う事だ。」
「では朝倉宗滴殿の目には我等はどう見えましたか?」
「…貴殿に近付いてもよろしいか?」
「ええ、もちろん。」
朝倉宗滴が僕の目の前まで近付いてきた。
「ふーむ、武将としてはモヤシだな。自慢じゃないが、景紀の方が剛の者と言えるだろう。鍛錬はしておるのか?」
なんと、的確に言うのはやめてくれ。
松波長利なぞは口元を押さえて震えていた。
こいつ笑っているな?
「え、まぁ、遊佐総光には教えを乞うてはいるのですがね…」
「そうか。もっと鍛錬はしたほうが良いぞ。」
朝倉宗滴が僕を顎クイした。
やめて! イケオジがそんなことしたら僕が女の子だったら惚れてしまうやろ。
「人間としては好ましいと思える。のう、景紀はこの男をどう思う?」
「それは真面目に答えてよろしいので?」
「好きに答えよ。」
朝倉景紀が姿勢を正して僕の方を見た。
「私個人としてはあの荒れていた越中国内を短い期間で立て直した手腕、家中を纏める統率力、それと我が義父を眼前にしても物怖じしないのを見て、誼を通じたい人物と思いました。」
「ふむ、つまらぬ答えよの。」
朝倉宗滴が僕の顎から手を離した。
「長職殿。儂の義息子は親バカと言うわけでは無いがそれなりに有能とは思うのだが、若年故にまだ融通が利かなくてのう。…だが儂も概ね同じ考えよ。」
「左様でございますか。しかし私にはひとつ気になることがございます。」
「ほう、何であろうか?」
「ええ。私としても有名な軍神と友誼を結びたいと思いますが、宗滴殿が言われるところの話の主語が重要に思いましてな。」
その言葉に朝倉宗滴の眉が少し動いた。
「…我が神保家と誼を結びたいのは誰でありましょうか。朝倉家ですか?それとも…?」
「長職殿はどう思われる?」
「神保家として考えるのであれば加賀一向宗と激戦を繰り広げていて、なおかつ我が神保家よりも強大な力を持つ朝倉家と友好関係になれるのは望ましい事です。しかしながら、朝倉家が力を持つ前提として何があるかと考えた時には、おのずと答えは知れましょうな。」
「我が義息子は朝倉家現当主の弟ぞ。朝倉家と神保家の力の差は分かっているようだが、それを言ってしまって良いのか?」
そう、朝倉家と我らの力の差は歴然としたものがあるのは分かっている。
「その上で申しておりまする。しかし先程朝倉宗滴殿は、ご自身と景紀殿の敵か味方かとおっしゃっておりましたからね。」
「ははは、そうか。景紀よ、聞いたか? この男は話の分かる御仁の様だぞ。」
「は。私とも良き友になれそうです。」
朝倉宗滴は義息子の言葉に満足そうに頷くと元居た位置まで下がり姿勢を正した。
「神保家が御当主の長職殿に対して大変失礼致した。某、朝倉宗滴は敦賀郡司家として神保家と誼を通じたく考えておりまする。義息子の孫九郎景紀ともども、よろしくお頼み申す。」
朝倉宗滴と景紀が深々と一礼した。
この後、我等は朝倉家を飛び越えた同盟を結ぶ事となったのだった。
IF歴史ですからね!!!




