第五十二話
一五二二年 一月 越中守山城
実玄との会談を終え、僕は家臣や国人達がいる宴席が行われている部屋へ訪れた。
既に酒が入っている者達は周囲の人との会話が盛り上がっているようだ。
「お、やっといらっしゃいましたな!」
酒が入って上機嫌の遊佐総光が僕を出迎えてくれた。
「ああ。安養寺の実玄と会談していたのでな。だいぶ待たせてしまったかな。」
「なんの、殿がいらっしゃらない方が盛り上がりますぞ。」
「言ってくれるな、総光め。」
僕は遊佐総光の肩を小突くと、上座に設けられた膳の前に座った。
すかさず数名の家臣らが酌をしようと集まってきた。
「なんだなんだ、親父共が酌をしにくるのか。」
「なんと! 殿は某の酒が飲めないと仰るのか?!」
「お、おい。長利…」
松波長利はまさにダルがらみだ。
酒を飲み過ぎたやつである。
「長利は酒を飲むとこうなるのか。誰だ、ここまで飲ませたのは…」
「ごちゃごちゃ言ってないで、はやく酒を飲むんですよ!」
「わ、分かった分かった。」
とりあえず松波長利の酌を受け、ちびっと酒を口にした。
このからだはあまり酒に強くないらしい。
松波長利のダルがらみをいなしながら部屋の隅を見るとひとりの青年が静かに酒を飲んでいた。
僕よりはいくつか年上だろうか、まだ会ったことの無い人間だな。
いや、謁見の間にはいた気がするから、誰かの配下か跡取り息子かもしれない。
僕は松波長利の腕を払いのけると、その青年の下に向かった。
「えーっと貴殿は話すのは初めてかな。」
「あ、これは…」
青年は僕に気付くとさっと姿勢を正した。
「神保長職様。私は椎名慶胤が嫡男、椎名康胤と申しまする。」
「おお、慶胤殿のご子息か。」
「はっ。ご挨拶が遅れて申し訳ございませぬ…!」
「ははは、良い良い。慶胤殿の姿が見えぬが、帰られたのかな?」
「はい。恥ずかしながら、少し体調を崩したようでございまして…」
「そうか、それはいかぬな。後程滋養のつくものを届けさせよう。」
「かたじけのうございまする。」
椎名康胤と言えば史実では神保長職とは敵対し、長尾方に与していたんだったかな。
もっともそれとは歴史が変わってしまっているからそうならないような気もするが…
「なに、慶胤殿には我が父が亡くなって以来良くしてもらっておるからな。康胤殿とも親睦を深めたいものよ。」
そう、敵は一人でも少ない方が良いからな。
「ありがとうございます。某は殿が配下でおりますから、呼び捨てで構いませぬぞ。」
「おお、そうか。では康胤、まずは一献。」
「頂きまする。」
椎名康胤は僕が注いだ酒を飲み干した。
「康胤は他の者どものように騒がないのだな。」
「は…。酒は好きなのですが、どうも騒げない性分でして。」
まぁそういう人いるよね。
僕も<現代>の飲み会でも静かに飲んでいる同僚がいたのを覚えている。
「まぁそれも良かろうよ。時に新川郡の統治については椎名家にかなり任せてしまっているが、何か不都合な点は無いかね?」
越中新川郡は正直広く、その範囲は越中国の半国にも及ぶ。
その中にはいく人かの国人領主がいた訳だが、その筆頭であった椎名家が守護代を務めていたわけだ。
神保家が越中を平定しつつあると体のいいことは言っていても、そこまでの直接統治が出来るわけでは無いのだ。
「殿がおられる地域もそうでありましょうが、やはり戦乱があった故、民百姓らが疲弊しているのは事実です。我が父は戦場は得意でございましたが、なかなかそこまで気を配れず…」
まぁそこまで簡単にできれば苦労はしないよな。
「そのあたりは康胤にて対応できそうか?」
「今年は年貢率を例年より緩和致しました。しかしながらやはり叔父上が支配地域であった魚津あたりがより疲弊をしておりまして、何か対応しなければならぬとは思っているのですが…」
「なるほどな。」
氷見のようにうまくいくか分からないが、その土地ならではの何かを作っていかなければならないかな。
「康胤。子細は後日打ち合わせるとして、俺も家臣らと合同して何か策を考えるとしよう。必要ならば金や人も送ることも検討しよう。」
「かたじけのうございまする。某も我が父へ話をしておきましょう。」
「うむ、よろしく頼むぞ。」
領国経営は簡単には行かないものだ。
あ、でも松倉の金山の鉱脈は使わせてもらうからな。
金山に関しては代官を送った方が良いかもしれないな。
ま、そこは敢えて言うまい。
特段話の進展は無い回となります。




