第五十一話
一五二二年 一月 越中守山城
その日僕は家臣や国人領主から新年のあいさつを受けていた。
家臣が増えてきたことに加え国内の国人領主も全て参加していたため、守山城の謁見の間もいつもより狭く感じたものだ。
「うむ、一同大義である。昨年は国内が大きく動いた年であったが、今年は貴殿らの力を借りて越中をより良い国にしていきたいと思っている。これからもよろしく頼むぞ。」
「「「はは!」」」
僕の言葉に、眼前の家臣や国人領主が平伏した。
神保家の家督を継いだばかりのときには考えられない光景だ。
僕はチラリと横を見た。
少し離れたところには妻の芳がいたが、本当の意味での夫婦となった後、その雰囲気が変わった気がした。
まぁちんちくりんなのはあまり変わらないが、何かこう、色気みたいなのが加わった気がする。
あ、のろけでは無いからね。
さて、仕事をせねばな。
時に少し驚いたのだが、今年の新年の挨拶には何と安養寺の実玄も訪れていた。
和睦をしているとはいえ安養寺は僕の家臣では無いから、訪ねてくるような義理は無いのだ。
何か無心でもしたいのだろうか???
「さて貴殿らにはささやかではあるが宴席を用意しておる。我が臣の狩野職信に案内させる故、ゆるりと過ごされるが良いぞ。職信!」
「はは! 皆様、某がご案内いたします。どうぞこちらへ。」
宴席は本丸から離れた別棟に用意していた。
狩野職信に案内され、家臣や国人領主らが続々と謁見の間を出ていった。
「神保長職様。」
「お、これは実玄殿。御坊も宴席にお呼びできるのですが参加されませんかな?」
早速来たよ。
いったい何の用だ?
「いやはや…。拙僧は御仏に仕える身でありますれば、正月は教区にて門徒の安寧を祈願しなければなりませぬ故。」
「左様でございますか。さすがは信心深い御方でいらっしゃいますな。それでは心ばかりではありますが、後程寄進の金子を用立てましょう。」
欲深い坊主は銭を握らせて早々に退出してもらうに限る。
「それはかたじけのうございます。しかし拙僧、神保長職様と御話させていただきたい儀がございます。」
「私とですか? 宴席の者をあまり待たせるわけにはいきませぬ故、手短であれば話をお伺いしましょう。ささ、そちらにかけられよ。」
「はは。出来ればお人払いを…」
「うむ、仕方あるまいな。」
僕は妻の芳や従者を下がらせた。
今回謁見においては持ち物検査はしかとしてあるから問題はないだろう。
実玄が僕の眼前に腰を下ろした。
「単刀直入に申し上げまする。神保長職様、少し前に実悟様を匿われましたな?」
ああ、その件ね。
いずれ何か言ってくるとは思っていたが…。
「ええ。私としましては困窮されているのを見かねまして、氷見にて保護させていただきました。」
「実悟様は蓮如上人の実子でいらっしゃることも当然ご存知で?」
「もちろんでござる。」
主流派から爪弾きにされた実悟を引き渡せとでも言うのかな?
まぁここは駆け引き無用だろう。
「実悟様の存在は…それはまぁ門徒宗の中では火種になりかねない存在にございます。」
「…そうでありましょうな。で、実玄殿は何をおっしゃりたいので?」
「実悟様を我が寺にて保護いたしとうございます。」
「お断り申す。実悟殿は僅かな家族と供を連れて落ち延びてこられたばかりでござる。今はその傷を癒される時期にございましょう。私としては実悟殿には我が保護下においていずれはどこぞの寺院かで活躍して頂こうと考えております。」
「左様でございますか。」
ここは敢えてこちらの本心・意図を言う事にした。
それを聞いた実玄は表情をあまり変えなかった。
「神保長職様。実悟様は年は下でありますが、我が叔父上に当たります。何か危害を与えたりするつもりは毛頭ありませぬが…」
「実玄殿。私はこの件においては駆け引きを捨て、自分の意図を申しておるのだ。仮に御坊が実悟殿を引き取ったとして何をなさりたいのか、有り体に申されれば良かろう。」
「では申し上げましょう。」
実玄はすっと姿勢を正した。
「我が安養寺は加賀、つまり本家筋とは決別したく考えておりまする。」
な、何だってー!?
史実では数年後に大小一揆と言う、一向一揆での内訌が起きている。
これは要するに一向一揆内の派閥争いな訳だが、結果加賀側の派閥が勝利したはずだ。
実玄もその派閥に立っていた筈なのだがそれはいったい…?
「それは御坊の野心でござるか?」
「それもありまする。が、拙僧、実悟様は人として尊敬しており申す。」
「ほう、それは意外な事にございますな。」
「ふふふ、神保長職様は拙僧の事を強欲な生臭坊主と思っているのでしょう?」
「違うのか?」
「その通りでございますよ。ですが生きている限り、人は欲を持つものです。長職様もそうでございましょう?」
「まぁそれはそうであるが…」
まぁそれは認めざるを得ない。
僕の行動原理である<何とか生き残りたい>と言うのも、ある意味欲を言えなくもないのだから。
「実悟様は教養人でありますれば、拙僧とは違いまする。我が教区において教えを広めていくために、実悟様のお力を借りたいのです。」
「…平たく言えば旗頭にしたいのだろう?」
「有り体に言えば、そうとも言えまする。」
「御坊は急に正直になられたのだな。」
「拙僧は自分の欲には正直でござる。」
「それは良い事であるな。」
「そうでございましょう?」
「ぷ、くはは!」
一瞬の沈黙の後、僕は思うわず吹き出してしまった。
「分かり申した。だが条件として、実悟殿が御坊に会いたくないと言ったら会わせられぬが、それでも良いか?」
「それで構いませぬ。して神保長職様。」
「何でござろう?」
「ここまで話したのです。改めて我が安養寺と同盟を結んでくださいませぬか?」
「どのような同盟であろう?」
「双方の利害が一致している内は敵対せぬ、分かりやすいでしょう?」
「うむ、実に分かりやすいな。だが俺は越中国内を統一しようと思っている。その理屈ではいずれ敵になるぞ?」
「拙僧は神保様の支配に反抗しようとは思いませぬ。我等にそれなりな自由をお与えいただけさえすれば良いのです。」
「まるで強欲な生臭坊主とは思えない言葉だな。」
「く、くくく!」
今度は実玄が笑い始めた。
法衣の袖で口元を隠してはいるが、全く笑いを隠せていないのだ。
「寺の人間や門徒が飢えることなく、酒や女に困らず、それなりに自由に暮らせること以上に何の欲がありましょうや? 政治などの面倒事は、その土地の権力者に任せてしまうのが一番楽にございますれば。」
「ははは、それは強欲だな。」
「面倒事は任せましたぞ。」
「だがそれなりに働いてくれるのだろう?」
「は、それはもう。」
ははは、これではまるで悪だくみだ。
傍から見れば、そうとしか見えないことだろう。
ここでまた歴史が変わってしまったのだった。
生臭坊主との悪だくみ回となりました。




