第五話
内訌
一五二〇年 六月 安養寺御坊
「あれが安養寺御坊か…」
僕は眼前に見えて来た寺…と言うか城を見て呟いた。
安養寺御坊は昨年一五一九年に築城・移転してきた寺院である。
まあ前述の通り一向一揆の拠点・城だ。
住職と言うか、城主は実玄と言う人物だ。
嫡流では無いが宗祖親鸞上人の血族である。
浄土真宗が他の仏教宗派と異なる点は、僧侶に肉食妻帯が許されていることだろう。
まあ、それの是非については言及する立場には無いな。
「十年以上先の話にはなるが、浄土真宗では大小一揆と言う内部抗争を引き起こす。住職の実玄は史実では大一揆側、いわば勝ち馬に乗った組だがはてさて。」
狩野屋伝兵衛がおどけた感じで言った。
甥である、僕の小姓の弥五郎は自分の叔父は一体何を言っているんだ? と言うような目で見ていた。
◇ ◇ ◇
「住持の実玄様がお会いになります。しばしここでお待ちください。」
僕達一行は寺の座敷に通された。まあ現代の寺とそうは変わらないかな。
少しするとドスドスと足音が聞こえて来た。
おそらく実玄が来たのだろう。
「これはこれは、越中守護代神保長職様がいらっしゃるとは!」
そう言いながら一人の坊さんが入ってきた。
そして当然のように上座にどすっと腰を下ろした。
「お初にお目にかかります。某は越中守護代神保長職と申します。」
僕はうやうやしく平伏した。
まずは様子伺いと言ったところだ。
「そして傍らにいるのが当家御用商人の狩野屋伝兵衛と、某が小姓の弥五郎でございます。高名な実玄聖人にお目通りさせていただき、恐悦至極にござる。」
「これはご丁寧に…。拙僧が安養寺住持の実玄でございます。」
実玄も平伏とまでは言わないまでも、軽く会釈をしてきた。
「して長職様は何ゆえ当寺に参られたのですかな?」
「我が神保家と浄土真宗の皆さま方とは先代にご縁がありましたが、某が家督を継いでからまだご挨拶をさせていただておりませんでしたからな。まずはご挨拶させていただきたく。…おい!」
僕の合図で、狩野屋伝兵衛が懐から袋を取り出した。
平たく言えば、金である。
「不浄の銭でありますがお近づきの印に五十貫程用立てました。是非とも寄進させていただきたく。」
「ほほ、これはこれは…かたじけのうございますな。神保長職様方に御仏のご加護があることでしょう。」
実玄は狩野屋伝兵衛から金が入った袋を受け取った。
一瞬ニヤリとした表情を浮かべたのち、スンと真顔になった。
その顔は見逃さないよ。
「某に御仏のご加護を頂けるのであれば、それほど嬉しい事はありませぬ。その為にも実玄聖人にも是非お力添えを頂きたいものですな。」
「ほほほ、拙僧に出来る事であれば何なりと…。まあ長職様の信心次第と言うところもありましょうや…。」
平たく言えば、その時は銭を寄進しろと言う事だろう。
「安養寺御坊も昨年出来たばかりと伺っております。さすれば色々と物入りでござりましょう。その時は我が御用商人の狩野屋に文を下さりませ。」
僕は狩野屋をチラっと見た。
この手の坊さんの相手は、次からは狩野屋伝兵衛に丸投げだな。
「ほほほ、その時は是非とも…」
実玄は満足したようだ。
「それで実玄様。某、現在の越中の状況についてたいへん心を痛めておりましてな。」
「ほう、それはどのような…?」
実玄は右の袖で口を隠しながら問うてきた。
「我が父・慶宗は浄土真宗の皆さまと縁を結んだ後、畠山・長尾と戦いましてございます。…残念ながら討ち死にしてしまいましたが…」
「それはご愁傷様なことにございますな…」
「某としても父の菩提を弔いたいところにございますが、いずれまた、特に長尾は再び攻めて参りましょう。その時は是非、御仏のご加護を賜りたく。」
「成程成程。信心深き者には、必ずや御仏がお力を貸して下さることでしょう。」
実玄の声は明るい。
袖で隠された口元は、おそらくはニヤついているのだろうな。
大小一揆と言うのは文中の通り作中より後に起きた、寺同士の内訌=内輪もめの事です。
これには越前朝倉氏等も絡み合ってくるのですが、最終的には本願寺法主側・強硬派である大一揆が勝利したのでした。
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