第四十四話
一五二一年十一月 越中氷見 狩野屋屋敷
「お話し中のところ失礼致します。二つほど、神保長職様に用件がありますれば…」
僕と狩野屋伝兵衛が冬支度の話し合いをしていると、狩野屋の手代が部屋に入ってきた。
僕に二つの用件? 一体何だろう。
「うむ、話を聞こうか。」
「は。まず一つ目ですが能登の畠山様から使者が来ておりまする。畠山様が書状を認められたとか。」
「義兄上から? どのような用向きであろう。」
「は、こちらに文が。」
僕は手代から受け取った文を広げた。
「どれどれ…」
文には次のような事が記されていた。
・可能であればで構わないが、長職には今月末ごろに七尾城へ来て欲しい。
・公方筋の命で、ある人物と面会してほしい。重ねて言うが、これは強制では無い。
・もし来るのなら五日後以降で都合の良い日を使者に返事してほしい。
・神保家の威を示すなら、兵は三百は連れてくると良い。
・あ、それと芳は必ず連れてくるように。
と言う事である。
必ずしもとか強制では無いとは書いてあるが、これは来たほうがいいぞと読み替えられるな。
まあ義総の事だから断ってもうまくやってくれるだろうが、顔を潰すようなことは避けたほうがいいだろう。
兵を三百と言うのは、まあ即応できる常備兵を残しても十分に可能であろうな。
…ああ、芳を連れてこいと言うのはさすがはシスコンの義総よ。
もはや何も言うまい。
「使者殿はお待ちになられているのか?」
「はい、別室にて。」
「相分かった。七日後には七尾城にお伺いできるとお返事せよ。使者殿に直接お返事したほうが良ければ直接答えるが。」
「いえ、お返事を伺えれば良しと言う事でした。」
「左様か。では伝えておいてくれ。」
「かしこまりました。」
「それで二つ目の用件とは?」
「は。それが、僧が長職様にお会いになりたいと言う事で訪ねてきておりまする。」
「はて、何者であろう?」
僧だって?
特に最近坊主がらみの案件は無かったような気がするが。
あるとすれば一向宗あたりかな。
「はい。その僧が申すには加賀から来たようでございます。お会いになりますか?」
ビンゴだ。つまりは一向宗の僧と言う可能性が高いな。
まあ追い返しても良いが、今はその時期ではないかもしれない。
「そうだな。会わないことも無いが、義兄上の使者殿が帰られてから通せ。念の為武器を持っていないかは検査してくれるか。」
「かしこまりましてございます。」
手代が一礼して下がっていった。
「伝兵衛、今この時期に一向一揆の坊主が訪ねてくるとはどう考える?」
「ううむ、分からんな。越中の一向門徒では無いと言う事だが、そうすると安養寺とは別の組織であるのかもしれないな。」
なるほど。
つまりは実玄周辺のものでは無い僧と言う事だ
これは何か火種の臭いがしないことも無いな。
少しして三十代くらいであろう僧が入ってきた。
僧にしては薄汚れた法衣を着ているな。
その僧は僕達から少し離れたところで平伏した。
「お初にお目にかかります。拙僧、清沢願得寺住持、実悟と申しまする。」
「何と。御坊はかの有名な蓮如上人の?」
「は、蓮如が十男でございまする。」
蓮如は「本願寺中興の祖」とも呼ばれる有名な僧だ。
…それと五人もの女性を妻帯し、男女二十七人もの子を儲けたと言うから驚きだ。
末子の方など八十代で生まれたと言うから、何というか凄い人物だ。
「それで御坊は何故に訪ねて来られたのですかな?」
「は。折り入ってお願いがございますれば。」
「ふむ、内容にもよるが…。申してみなされ。」
「は、では…」
要するにこうだ。
実悟は蓮如の子にありながら冷遇され、さらには養父の蓮悟にも疎まれ加賀の清沢願得寺に追いやられたのだそうだ。加賀の一向宗にも助けを求められず、越中の一向宗(要するに実玄)にも下に見られており家族や郎党、門徒が非常に苦しい思いをしているらしく、藁にも縋る思いで氷見を訪れたとか。
「なるほどな。御家族や郎党達も近くに来ておられるですか?」
「はい、氷見の外れにて…。我が妻と子、僅かな郎党のみ連れてきておりまする。」
「して、我が神保家に助けを求めに来られたという事ですな。」
「左様にございます。何卒…」
実悟が平伏した。
確かこの実悟と言う人物は後に赦されたと思うがそれまでは非常に苦労した人物だったはずだ。
「しかし御坊には叔父御の畠山家俊殿がおられたと思うのだが、そちらには助けを求めないのですか?」
確か史実では一向一揆の内紛の際に助けを求めた筈だ。
結果、叔父の畠山家俊は戦死してしまったのだが。
「は、叔父上に文は出したのですが途中で使者が殺されてしまったらしく…」
それでこちらに流れて来たのか。
あれ、それって一時期加賀と越中国境で一向宗の荷駄隊を襲撃してたのとは関係ないよね?
きっと無い筈だ。
「なるほどですな。俺としても御坊の思いには応えたいところではありますが、我が神保家は安養寺の実玄殿と友好関係にありましてな。」
「存じておりまする。拙僧としましては神保家に決してご迷惑はお掛け致しませぬ故、何卒ご慈悲を…」
実悟は畳に頭を擦り付けんばかりに平伏した。
うーむ、安養寺の実玄や玄宗とはだいぶ違うな。
今のところ他意は無さそうだな。
僕は狩野屋伝兵衛の方とちらりと見た。
伝兵衛は仕方ないのではないか? と言う感じで軽く頷いた。
「そこまでされて無下にお返事はできませぬ。分かり申した。住居を用意する故、まずはゆるりと休まれよ。」
「あ、ありがとう存じまする…!」
実悟は顔をくしゃくしゃにさせながら頭を下げた。
うーむ、この時代の一向宗の僧を抱えて得になるかどうかは分からないが、まあ蓮如の血筋と言うのは何かに仕えるかもしれないな。
まあ期待しないでおくか。
僕は頭を下げ続ける僧を見ながら考えを巡らせた。
実悟と言うのは実在の僧です。
文中の通り赦されるまでかなり冷遇されたようでした。




