第四十二話
一五二一年十月 越中守山城
新川郡平定が終わり僕は芳や一部家臣と共に越中守山城に滞在していた。
現在のところ南にいる一向一揆以外で越中国内に懸念は無く、何事も無ければ内政に力を入れられるだろう。
しばらくは越後の長尾為景も大人しくしているだろう。
しかしそもそもこの時代の一向一揆についてはどうにも現代的な考え方では理解しづらい。
もちろん現在のこの宗派の人たちが暴れまわっているかと言えばそうでは無いわけで、実情としては地域の土豪や農民の自治への考え方が教義と合致して反権力闘争に繋がったものなのだと思う。
砺波郡の南にいる実玄ら越中の一向宗は現在のところ敵対していない(ことになっている)が、いつ何時反抗してくるか分からない。
連中は内部でもそれなりに権力闘争があるようだから、やはりそこにつけ込むのもアリか。
実玄らと加賀の一向一揆とを敵対させられれば良いのかな。
「長職さま!長職さま!」
守山城の執務室でまったりと書類を眺めていたら芳が声を掛けて来た。
「む、どうした? 芳。」
僕は書類を机の上に置いてそれに応じた。
芳は僕のとなりにちょこんと座った。
「長職さま。そろそろ長職さまと芳の御世継作りはしないのですか?!」
「は、はぇ…?」
まさかの発言である。
芳と僕が婚姻して約1年が経った。
僕の年齢が(おそらく)十六歳くらい、芳は十三歳になる年だ。
まあこの時代の婚姻は現代よりもかなり早く、夫婦によっては初産年齢がかなり早いケースもあるようだ。
かの有名な前田利家とまつ等は、まつがまさに芳くらいの年齢くらいで初産を経験したと言う話もある。
「あ、ああ、それはそうだな…。まだ早いかなって…」
「もしかして、長職さまは私が嫌いとかじゃないですよね?」
「それは無い。断じて無いぞ!」
僕は全否定しながら芳の頭を撫でた。
僕と芳の婚姻は義総との縁を結ぶためのいわば政略結婚ではあるのだが、共に暮らすにつれて天真爛漫な芳に対して恋慕の情を頂いてきたのは紛れもない事実である。
「そうですか、良かったぁ。お義母さまや家中の皆さまが私に良くしてくれるのは分かっていましたし、でももし長職さまが私のことを好いてくださっていなかったらどうしようと思ってました…」
「そうか、それはすまなかったな。心配を掛けた。」
僕は芳に向かって頭を下げた。
「そ、そんな。頭を上げてください。」
「いや、芳はよく神保家中でよくやってくれている。我が家は芳がいるから纏まっている部分もあるんだよ。」
「そ、そうですか?」
「うむ、家中の者みながそう思っているはずだ。もちろん俺もな。」
「あ、ありがとうございます。」
芳が僕の着物の袖をきゅっと掴んだ。
「その、なんだ。夫婦の件に関してまだ早いと言ったのは、俺は芳が心配だからだ。芳の体がまだ小さい。…その、夫婦の件に関しては女子の体には負担が掛かるものだ。俺だけが良ければそれで良いと言う事では無いんだよ。」
今は戦国時代だ。
現代の様に医療が発達しておらず、ただの風邪でも死に至る事があるのだ。
我が妻の体はまだ小さい。
その、大きいのが好みと言うわけでは無いのだが、まだ現代に置き換えると子供の様なのだ。
自分だけの都合で大切な人を傷つけたくはない。
「だが俺も仕事にかまけて芳にちゃんとそのことを伝えていなかった俺に非がある。芳の体がもう少し大きくなってその時が来たら必ずお前を愛すと誓おう。母上と相談して、もう少し栄養を摂ってだな…」
「分かりました!お義母さまとお話して、たくさんご飯を食べます!」
「ああ、そうしてくれ。その、芳は…」
「何ですか?」
「芳は俺の事は…、好きでいてくれてるのか?」
前述の通り政略結婚である。
それだけに、本心ではどう思っているのだろうか?
「私も長職さまの事が大好きです。一生懸命お仕事されていますし、家臣の皆さまも大切にしています。私の事も大切にしてくださっています。」
「そ、そうか。それは照れるな。」
面と向かって言われるとさすがに照れてしまう。
僕は思わず芳の肩を抱き寄せた。
だが先述の通り、これ以上はグッと我慢する。
まあ家督相続をしてここまで色々と動いてきたのだから、たまにはこういうのも悪く無いモノだ。
たまにはラブラブ話も良いかなと思いました。




