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第四十一話


一五二一年九月 越中放生津城



国人領主との会見、神保家中の論功行賞の翌日。

放生津城の会見の間には一人の男が緊張の面持ちで頭を下げていた。

男の名は三郎。

越中魚津城攻めの作戦にて大きな役割を果たした男だ。



「三郎と申したな。面を上げて楽にして良いぞ。」



僕は三郎に対して優しい声で声を掛けた。



「は、はい。では失礼して…」



僕は頭を上げた三郎の顔を見た。

年は僕より少し年上くらいだろうか。

まだ青年の色が残った感じだ。



「其方、三郎と申したか。」

「ああ、そうだ。…じゃない、そうです、はい。」



うーむ、話すのはあまり得意じゃないのかな?



「俺が神保家当主の神保長職だ。其方の事は松波長利から聞き及んでおる。小笠原流の弓術を修めているそうだな?」

「お、おう。…じゃなくて、そうです、はい。」



うーむ、会話が長く継続しないな。

何か冷や汗をかいているようにも見えるし、かなり緊張しているのかな。

まあ俺以外に遊佐総光や松波長利、狩野屋伝兵衛もいるようでは、まるで圧迫面接だ。

あ、ちなみに畠山義総(あにうえ)は芳と遊んでいた。

お義兄様(おにいさま)はいったいいつ国に帰るのかね????



「三郎、緊張しているのか? 話し方も楽にして良いぞ。」

「そ、そうか? ではその様にさせてもらいます、うぞ。姿勢も楽にして良い?」

「ああ、好きにしてくれ。」

「じゃあ失礼して…」



三郎が姿勢を崩した。



「おれ、敬語ってのがあまり得意じゃないんだ。堅苦しいのもな。頭がこんがらがっちまう。」

「楽に話せるなら、神保家中だけなら好きに話すといいぞ。」

「そうか? 長職様、オマエ、良いヤツだな。」



ぷくく…。

狩野屋が袖で口元を押さえて失笑しているようだ。



「ま、まあ。他の国の人がいる前では気にしてくれよな。」

「それはもう! あ、でも庭で女子と遊んでたさむらいは?」

「ああ、あの人は俺の義兄(あに)だからどっちでもいいよ。一応、あれでも能登の守護だけどな。」

「へぇー。守護ってよく分からないけど、エラい人なんだな?」

「一応な。」



まあ、一応エラい人には間違いない。



「さて三郎。今日お前に来てもらったのは他でもない。お前はこの前の魚津城攻めで重要な役割を果たしたと聞いている。」

「ああ。アレはおれの子分達もよくやってくれたんだ。でも一番的に当てたのはおれかな。」



松波長利から聞いた話では遠距離からの曲射をバシバシ当てたらしい。



「その褒美を取らそうと思っていてな。松波長利に推薦されたのだが、お前さえ良ければ俺の家臣にならないか?」

「お、おれが、殿様の家臣? 家臣っておれ、侍になれるのか?」

「ああ。お前には我が神保家の弓兵隊の育成を頼みたいのだ。頼めるか?」

「ああ、もちろん良いぞ。美味いメシをたくさん食わせてもらえるのならな。」

「それは約束してやろう。結果を出せば禄も取らせる。」

「禄ってのはまだ良いけど、まずは美味いメシだな!」



美味いメシって事で顔を輝かせているのは、ある意味純粋と言うところかな。



「ああ、任せろ。…しかし俺の家臣になるには家名が無いと示しが付かないが、三郎は家族はいるのか?」

「おれの母ちゃんも父ちゃんも、何年も前に死んだ。だからおれはメシを食うためにここに来たんだ。」



なるほど。

教育を受けていないからこんな感じなのかな。

さてどうするか。

僕は部屋の中を一瞥した。

その時、先程僕の事を笑っていた狩野屋伝兵衛が目に入った。



「そうだ、伝兵衛。」

「んむ、どうした? 長職様。」

「俺は俺に対して失礼な御仁をもう一人思い出したんだ。狩野屋伝兵衛宣広と言う奴をな。」

「な、何だ!?いったい何を言っているんだ?」



僕は狩野屋を見てニヤリと笑った。



「伝兵衛は子がいなかったな。どうだ、神保家を助けるためと思って養子を取らぬか?」

「な、何?! 俺は今のところ子を持つつもりは無いぞ?」



狩野屋伝兵衛には子がいない。

妻がいるのだが、どうもなかなか子が出来なかった様子で、最近はあまり気にしなくなっていたようだった。

商会自体は大きいので優秀な手代もいるのだが、その働きに期待している感じにも見える。



「別に狩野屋を継がせると言う事では無い。それでもお前は武家である狩野家の分家であるから、名跡を借り受けたいのだよ。」



越中狩野家の宗家は飯久保城の狩野弥五郎職信が家があるから心配ない。



「だ、だがな…」

「狩野家分家を武士として存続する気が無いのだから、良いでは無いか。頼むよ、伝兵衛。」

「わ、分かったよ…」



僕のごり押しに狩野家伝兵衛が根負けしたようだ。



「おお、ありがとうよ、伝兵衛。さて三郎よ。」

「おう!」

「お前は今日から狩野三郎慶広(よしひろ)と名乗るが良いぞ。」



慶の字は僕の父親から拝借した。



「それがおれの名か!? かっこいい! 何か侍みたいだ!」

「おう、お前は今から侍だぞ。そしてそこにいる伝兵衛がお前の義父(ちちおや)だ。」



僕は狩野屋伝兵衛を指さした。



「おお! あんたがおれの父ちゃんか!? よろしくな!」



三郎は伝兵衛の肩をバンバンと叩いた。



「伝兵衛、ついでにマナー教育のよろしくな!」

「…ったく、余計な事を頼みおってからに…」



狩野屋伝兵衛が大きくため息をついた。

僕の事を笑った罰だよ。

あ、マナーなんてこの時代の日本には無さそうな言葉を出してしまったが、まあ他の家臣達からのツッコミが無かったからヨシとしようか。







新しい家臣、狩野三郎慶広が誕生しました。

もちろん架空の人物です。

もう少し時代が進んだところであれば鉄砲隊などという事になるでしょうが、まだ種子島は日本に来ておりませんので、弓兵の精兵育成を目的としました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 当時の武術は誰でも修得できるほど門戸が開かれているわけではありません。武士身分以外では裕福な家くらいでしょう。鉄砲ほどではないにしても、矢を射る度に金がかかります。さらに小笠原流は故実…
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