第四十話
一五二一年九月 越中放生津城
国人領主との会見が終わり、その後家臣のみを残して引き続き会合を行う事とした。
新川郡の戦の論功行賞を行うためだ。
椎名慶胤も家臣に召し抱えたので、その場に残ってもらった。
神保家の雰囲気に早く慣れてもらわなければならないからな。
「皆さーん、お疲れ様ですー。冷たい麦湯を持ってきたのでどうぞです~」
妻の芳が女中たちを引き連れて入室してきた。
ちょうど疲れたころだ。我が妻はなかなか気が利く。
「おお、それはすまないな!」
ひと際上機嫌なのは義総だ。
満面の笑みのこの人は重度のシスコンと言っても過言ではないな。
「ありがとう、芳。お前もここに座りなさい。」
「はい!長職さま!」
まあ僕も満更では無いので、とりあえず自分の隣に芳を座らせた。
「ふうむ、神保家が会議では奥方様も同席なさるのか。」
椎名慶胤が頬を掻きながら言った。
「我が神保家は、まあ俺が、なのだが、家臣も含め皆身内だと思っているんでな…」
「その延長かどうかは分からぬが、この義弟は他国の守護である俺にも遠慮が足りぬのだよ。」
「あれ、義兄上は今更俺に遠慮してほしかったのですか?」
「ふん、生意気な奴め。」
「痛っ!」
畠山義総が僕の頭を叩いてきた。
何か他国の守護であるはずのこの人が一番馴染んでいる気がするよな。
「…それはさておき、慶胤が我が臣下に下ると言ってくれたおかげで国人領主が異議も無く靡いてくれた。礼を申し上げる。」
僕は軽く頭を下げた。
「主が簡単に臣下に頭を下げてはなりませぬぞ。」
「これが俺の性格なんだ。慣れてくれ。」
「左様ですが。…まあそういう事にしておきましょうかの。」
椎名慶胤は何とも言えない表情だ。
「それはそれとして越中の国人領主でそれなりに有力な土肥や二宮とは良い関係を持つと良いでしょう。」
土肥と言えばかの有名な源頼朝に忠臣として仕えた土肥実平を祖とする一族で、越中の有力国人の一つだったはずだ。史実でも神保家に服属はしたかと思うが、最終的には没落してしまったんだったかな。
「両家とも新川郡の国人であったな。」
「左様で。」
「よし、折を見てそれぞれに個別に話をしていくとしよう。その時は慶胤にも協力をお願いしたい。」
「承知いたしました。」
よし、国人領主の話はひとまずこれくらいかな。
「さて次は主題である論功行賞についてだ。侍大将・遊佐総光、そして参謀として策を講じてくれた松波庄五郎の両名に改めて礼を言うぞ。」
「身に余るお言葉にござりまする。」
僕の言葉に遊佐・松波両名が頭を下げた。
「うむ。戦功一番の話をするのも大事であるが、まずはこの戦で命を落とした将兵の遺族に対して手厚く補償を頼む。金子等必要なれば、狩野屋に言うが良いぞ。」
「かしこまりましてございます。」
戦となれば名もなき兵が命を落とすものである。
もしその兵に遺族がある場合に、十分でないかもしれないが、生活が困窮しないように配慮する体制を整えて来た。
それは食料や金子の支給や遺族の雇い入れ、一定期間の年貢の免除などだ。
この制度は少しずつ内容を整備・充実させていきたいところである。
「さて次に戦功に関してだが、此度の戦において戦功一番は誰になるであろう?」
僕は家臣達を見渡した。
「普通に考えれば椎名長常殿を打ち取った遊佐総光になるであろうか?」
「いやいや、儂は松波殿が策で弱り切った敵軍を攻撃したに過ぎませぬ故、松波殿が一番になろうかと。」
「某は献策致しましたが兵を率いて駆けまわっていただけにございます。しかしながらもし某に戦功をいただけるのであれば、我が隊の弓術頭として使っておりました三郎を召し抱えていただきたく。」
「ほう、その者は弓が上手いのか?」
「はっ。三郎は家名は持っておりませぬが信濃の出身で小笠原流を修めているとの事で、遊佐総光殿が常備兵の中において弓術師範のような役目をしておりまする。」
ほう、そんな有能な人物がいるとは。
それは一度会ってみたいものだな。
「なるほど。一度その三郎なる者を連れて来てくれるか? まずは会ってみてから決めるとしよう。」
「かしこまりました。明日には連れて参るように致しましょう。」
「よろしく頼むぞ。…しかし総光や庄五郎にも褒美をやらねば俺の気が済まぬ。そうだな、まず庄五郎。」
「はっ。」
「庄五郎さえ良ければ我が名より一字を与えたく考えている。今後松波庄五郎長利と名乗るのはどうだろう?」
この時代において名を与えると言う事は主従の絆を深めると言う事でそれなり意味を持つことだ。
僕はこれで更なる忠節を期待したい。
「か、過分のご沙汰…!身に余る光栄にございまする!!」
松波庄五郎長利が平伏した。
それなりに喜んでくれているようだな。
「では次に総光だが…」
「殿、儂は特には要りませぬぞ。」
遊佐総光が僕が発言する前に固辞しようとした。
「しかしだな…」
「それでも何か儂に褒美を取らせたいのならば、そうですな…」
遊佐総光が僕のとなりにちょこんと座ってる芳を見た。
「儂に殿と奥方様の爺をお命じ下さいませ。」
「えっと、それは…?」
「そろそろ殿は武芸を学ぶべきでございまする。儂が殿を厳しく育てて差し上げましょう!」
「え、えええ…?」
武芸とか実は何もやったことないんだけど…。
「おお、それは良いな。甘ちゃんの義弟もこれからは戦場にも出ねばならん。剣でも弓でも何か学んでおかないときついからな。」
義総の謎の同調が入ってしまった。
「…で芳のほうの爺と言うのは…?」
「それは奥方様を孫の様に可愛がる許可を頂きたいと言う事ですな!」
「わー! 総光おじさんが私のじいになってくれるのですか!? それは嬉しいです!」
…芳は喜んでいるようだ。
芳と年が近い僕は可愛がってくれないのかな。
いや、違う意味の可愛がり が来ると言う事か。
僕は大きくため息をついた。
神保家家中はみんな芳の事が大好きです。
作中の三郎は架空の人物で後日、また語らせていただきます!
よろしくお願いいたします。




