第四話
一五二〇年 五月 越中守山城
「あんた、いつの時代から来た?」
目の前にいる商人・狩野屋伝兵衛からまさかの問いが浴びせられた。
僕は瞑目した。と言う事は、この狩野屋伝兵衛も<同じ>と言う事になる。
「そうか。」
僕はふーっと息を吐いて目を開けた。
「狩野屋伝兵衛、その方も、か…」
「ふむ、やはりそうなんだな。」
「ああ…。僕は令和の日本から来たんだ。」
「令和??」
狩野屋伝兵衛が首を傾げた。
もしかして、時代が違うのか?
「俺は昭和から平成に変わった頃から来たんだ。平成も終わって令和なんて元号があるのだな。」
それってもしかしてバブル?
まあ、今はそんなことはどうでも良いか。
「伝兵衛は何故僕がこの時代の人間じゃないって分かったんだ?」
「ああ、それはさっきあんたが言っていた氷見饂飩と富山の常備薬だ。それらはこの時代にはまだ無い言葉なのだよ。」
「そ、そうなのか。」
何でもそれぞれ江戸期に入ってから名産、あるいは産業として発展したものらしい。
それは知らなかったな。
「それで<現代人>の神保長職は、この時代で何を望む? 先程の言葉を良い、神保家を取り巻く状況や未来はそれなりに分かっておるのだろ?」
「ああ…」
僕は腕を組んだ。
来た時期が違うにせよ、目の前の人物は歴史を知っている。
何としても味方にしなければならない。
「僕は…、とにかく生き残りたいだけだよ。親父は死に、近隣に強敵がいようともな。」
「天下を狙う…とかはしないのかね?」
「僕より歴史に詳しそうな貴方はそう考えなかったのかい?」
狩野屋伝兵衛は自らの顎に手を当てた。
「俺はあの好景気でそれなりに暴れたんでな。静かに暮らしたかったんだよ。」
「それは良い考えだ。出来るものならば、な。」
僕は懐から扇子を取り出して狩野屋伝兵衛の方へ向けた。
「頼む、協力してほしい。」
「産業の方はまあ…、本業だから協力出来なくは無い。だが他にもあるのだろ。」
「このまま進むと半年後には、戦だ。畠山や長尾が攻めてくる。史実通りであれば椎名慶胤も死ぬ。だが、そうなるだろうか?」
「何が言いたいんだ?」
狩野屋伝兵衛は鋭い視線を向けて来た。
もうひと押し、せねばなるまいな。
椎名慶胤は現状での貴重な味方であるから、出来れば死なせたくない。
「歴史は少しずつ変わり始めている。僕の親父は本来はまだ生きていて、年末に起きるであろう戦で椎名慶胤と共に死ぬはずだったんだ。」
「史実では、その後神保長職はしばらく隠遁となるな。」
「その中でもなんとか僕はうまく立ち回りたいんだ。それには何人か会いたい人がいる。」
「ほう、それは誰だ?」
僕は傍らに置いてあった地図を広げた。
まずは扇子で越中守山城から南方を指した。
「まずは越中一向一揆だな。こいつらは昨年の戦では日和見を決めていたが、もし畠山と戦うのであれば何としても動かしたい。」
「強欲な坊主どもを動かすのは簡単ではないぞ…。いや、安養寺御坊の実玄なら動かせるかもしれんな。連中、昨年この場所に移ったばかりで何かと物入りであろう。」
「伝手はあるかな? 金子が要るのであれば、この城のモノを換金しても良い。」
「…まあ、何とかしよう。それで他にも会いたい奴がいるのか?」
「ああ…、これが本命なのだけど。」
僕は扇子で能登を指した。
「能登の守護・畠山義総だ。」
実玄は実在の人物で、越中一向一揆の指導層の一人でした。さねげんではありません()
畠山義総は能登畠山氏の全盛期を現出した名君として知られる、有名な御殿様です。
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