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第三十七話


一五二一年八月 越中新川郡



越中新川郡における椎名長常討伐が開戦して1か月が経過した。

戦況はまだそれ程動いておらず、長常側にも百ほどの被害を与えてこそいるが、攻撃側の慶胤側(わがほう)も二百程の兵を失っていた。

攻城戦と言うのはどうしても守備側が有利なのである。

その為この日椎名慶胤軍の陣中で行われていた軍議は紛糾していた。

神保軍として出席していたのは松波庄五郎と供として同行していた平長光の二名であった。

方や椎名慶胤軍は椎名慶胤本人とその重臣達数名だ。

特に重臣達の顔は赤く怒気が含まれていた。



「神保軍はいったい何をやっているのか!?」

「そうじゃそうじゃ! 緒戦からひと月、既に我が軍は敵よりも多くの被害を受けておるのだぞ!」



椎名慶胤は黙したままだ。

批判の矢面になっている松波庄五郎は腕を組んだまま動じない。



「松波殿、何か言ったらどうなのだ!? それともこれが神保家の我々に対する考えなのか?」



それを聞いた松波庄五郎は自身の肘をトントンと指で叩いた。



「攻城戦で攻撃側の被害が大きくなるのは、それは当たり前でござろう。貴殿等もそれが分からぬわけではあるまい?」



松波庄五郎の言葉に、重臣達はさらに激高した。



「そんなことは分かっておる。我等は何故遊佐総光殿等が神保軍主力が山を下りて来ぬ、と言っておるのだ。」

「それとも貴殿の手勢が姑息にも敵が城に火矢を撃ち込むだけが神保家の助勢だと言うのか?」



それでも松波庄五郎は動じない。



「それは異な事を…。此度の神保家が動きは某の案にござれば、我が殿は関係ござらぬ。そもそも某が新川殿の陣を訪れた時に、威圧以外の過度な攻撃はしなくて良いと申したでありましょう。」

「ぬ…! 松波殿には武士(もののふ)の誇りは無いのか?」



それを聞いた松波庄五郎をすくっと立ち上がった。



武士(もののふ)の誇り、とやらで兵共に飯を食わせることができたら苦労しませんな。」

「な、何…!?」

「某は極力兵の損耗を少なくする手段を講じており申す。椎名長常が軍の食糧庫を焼き払いかつ周囲を包囲することで、補給することも儘ならぬ。そして毎夜火矢を射掛けることで心理的な負荷を与えておるのです。」



魚津城は平城で剛の者による弓矢の射撃であれば、城内まで届かせることが可能だ。

松波庄五郎は自らの息が掛かった商人を密偵として使い、城の内部構造を把握していたのだった。


魚津城は史実であれば今より五十年程後に織田信長軍と上杉景勝軍(守将は中条景泰と言われる)が合戦を行っていて、この時は兵力にかなりの差があったが、織田軍は魚津城を完全包囲し補給線を遮断した。そして毎日のように鉄砲による射撃を行い、その八十日程後に上杉軍は壊滅したのだった。

松波庄五郎は取る手段は違えど、偶然にも補給を断ち心理的負荷を与えると言う同じような事を目指したのだった。



「人は本能的に火を恐れまする。昼間は椎名殿らの攻撃を警戒し、夜は火災に怯え敵は寝る間もありませぬ。某は椎名殿が家臣ではありませんから、椎名軍の動き何ら干渉は出来ませぬが、それでも今は無駄な犠牲を生まぬように具申致す。」



松波庄五郎の言葉に椎名家の重臣達がたじろいだ。

彼等は松波庄五郎に反論するような言葉を持っていないからだ。



「では…」



その時そこまで話を黙していた椎名慶胤が口を開いた。



「松波殿は、我が軍が何時まで攻撃を自重した方が良いとお考えか?」

「我が手の者による調べでは、魚津城はもともと三か月程継戦出来る量の兵糧しか持っておりませぬ。」

「では幾らかその兵糧を燃やせたとしたら、彼奴等はどれくらいで音を上げようか。」

「並の精神力では、今月末まで持てば良いと考えますな。長尾の救援は来ませぬからな。」

「そうなれば、彼奴等は打って出るか。」

「左様でございまする。」

「そうか。」



椎名慶胤はそこまで言って、開いていた扇子をパチンと閉じた。



「よし、我が軍はその時に備え敵の威圧を行う小規模の戦闘以外はせぬこととする。兵に休息を与え、()()()()()()()()()()()物資の補給を行う様手配せよ。」

「は、はっ!」



重臣達はそれまでの怒気を帯びた表情を一変させ、顔を青くしながら自らの主に一礼した。

主が他家の者に折れたからだ。


その様子を見た松波庄五郎は袖口で口を隠した。

松波庄五郎がニヤリと笑ったのに気付いたのは、傍に控えていた平長光だけだった。














魚津城攻城戦はまだ少し続きます。

よろしくお願いいたします。

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