第三十六話
一五二一年七月 越中新川郡
越中新川郡は魚津城を見下ろす高台に、我ら神保家の軍が布陣していた。
魚津城には椎名長常の軍七百程が籠っており、その近傍には新川郡守護代の椎名慶胤が千の軍を率いて布陣しており、既にその戦端は開かれているようだ。
「ふむ、椎名慶胤殿は既に攻城戦を開始しているようだの。」
俺の目の前にいるのは神保軍(+能登畠山援軍)七百の総大将を務める遊佐総光だ。
その他には遊佐総光の郎党の平長光、能登畠山家の武将である佐脇某がいた。
「時に庄五郎はこの戦、どの様にすべきと思うか?」
遊佐総光が俺に問いかけて来た。
俺は眼下に見える椎名家同士の戦を見ながら口を開いた。
「某が思うところ、になりますが、二つほど出来る手段があると存じます。」
「ほう、それはどのような事かな?」
「まず一つ目はすぐに山を下り、椎名慶胤殿に加勢すると言うものです。椎名殿からしてみれば、我等にはそれを望んでおられましょうな。」
我等は<援軍>なのだから、それを望まれるのは当然と言うものだ。
「しかしながらそれでも数は勝っていても城攻めになりますから、少なからず犠牲が出ると言うものです。それを踏まえましてもう一つの手段でございますが、今この段階では我が軍の主力は動かさぬというものです。」
「な!? それは椎名殿を助けぬと仰られるのか?」
平長光が口を挟んで来た。
「平殿。そもそもこの戦は椎名家家中の内訌(=内輪揉め)と見ることが出来ます。椎名家は同盟関係にありますが神保家が家臣ではござらぬ。また畠山様のように殿同士義兄弟でもない。越中国内を平らげるためにはかの椎名長常をいずれは討つ必要がありますが長尾が動かぬ、動けぬ情勢を作り出せた今、大急ぎで為す必要が無いのも確かなのですよ。」
少なくとも俺はそう考えている。
もし急ぎで進めなければならないのであれば、殿・神保長職様自ら御出馬なさる筈である。
なので正面からと言うよりは<搦め手>を探しそれを突けと言うように理解している。
「ま、それはその通りでございますが…」
「とは言え椎名家への体面もございますから、五十程度の遊撃部隊を組織しとうござる。それを某にお任せくださいませぬか?」
「ほう、何をしようと言うのだね?」
「はっ。かの魚津城は平城にごさりますれば、山城の様に堀や外縁付近に近付くことはそれほど困難ではございません。我が遊撃隊は闇夜に紛れ接近し、城の食糧庫付近を重点的に、火矢を射かけようと思いまする。もちろん防衛の手を一か所に集中させぬ様、日によって射かける場所を変えます。」
接近と言っても弓の有効射程までと言う事だ。
敵の戦闘糧食を減らす目的もあるが、精神的な負担を強いるのが主題となる。
「我等は昼間は表立って戦闘を行いませぬ。それは椎名殿に任せておけばよい。時間を掛けてじっくり精神的な痛みを強いて行けば、いずれ敵は打って出るしかないでしょう。」
「その時に我等主力を突入させると言う事か。」
「仰るとおりでございます。」
「しかしその策に、椎名殿は首を縦に振るだろうか。兵の犠牲の多くを椎名殿に強いることになるな。」
「椎名殿への連絡・説明には某が行き、その足で活動を開始したいと思います。椎名殿からはいろいろと言われるかもしれませぬが、まぁ<汚れ役>は某の役目でございますからな。」
俺は殿から<汚れ役>を任されているのだから、それならそれに見合う仕事をするだけだ。
「よろしい。ではその策を採用しよう。抜かりなく準備を頼む。」
「かしこまりました。」
その後某が率いる五十名の部隊が山を下り、椎名軍の陣へ向かった。
この作戦を説明した際に案の定椎名家中からは何故主力が来ないのかと問われたが、これが我が策であると言う事で押し通した。
その夜から我ら遊撃隊は活動を開始した。
今回の遊撃隊はもちろん弓を射かけるのが得意な者を十名程選抜し、その他は不意に敵兵に遭遇した時の為の戦闘・警護部隊である。
「良いか、闇夜に紛れるのだ。特に号令は掛けん。目的の場所に付き次第火矢を射掛けよ。」
目標に向かって火矢を射撃するまで、極力隠密に行動するよう徹底した。
一人当たり何発かの火矢を射撃した後、すぐに撤退するっというようなことを繰り返した。
「な、なんだ!? 火事か!?」
「敵、敵襲だ!わぁぁぁ!??」
「早く火を消せ!!!!!」
「熱い! 熱いよぉ!!!!」
魚津城からは混乱するような声が聞こえて来た。
魚津城の建屋の場所など、内部構造は概ね把握済みだ。
少しずつ被害を与えていくことにしよう。
昼間は椎名軍の攻撃、夜は我らの嫌がらせに晒されるのだ。
さて、敵はここから何日程耐えられるかな?
城攻めは急いては行けません。




