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第三十四話


一五二一年六月 越中放生津城



椎名家が居城である越中松倉城を離れ、僕達はその足で放生津城へ向かった。

放生津城は現代の地名で言うと富山県射水市の海に近いところにあった平城である。

鎌倉時代の守護が置いた越中守護所が起こりであるとされ、このあたりの要衝であったと言えよう。



「ふうむ、確かに戦があったようには見えないな。」



放生津城に近付くにつれてもちろん村等は見えて来たのだが、どこも荒れたようには見えなかった。

骸も倒れて無ければ、矢も一本も落ちていないようだ。

放生津城の方へ目を向けると我が神保家の旗印がはためいていた。

もっとも叔父も神保家であるから、旗印自体は同じなのだが。

しばらくすると城から遣われたのであろう伝令兵を思しき者がこちらに掛けて来た。



「これは殿、お待ち申しておりました。松波庄五郎様が城にてお待ちでございまする。」

「うむ、大儀であった。椎名殿が言われていたように、松波庄五郎が放生津城を落としたのは本当の様だな。」

「は、それはもう見事な手筈であり申した。」

「叔父上等も捕らえたのか?」

「はっ。降伏した故捕縛しておりまする。」

「相分かった。まずは松波庄五郎が下に案内せい。」



僕達は兵の案内で放生津城に入った。

うーむ。倒れる前にはこの城にもいた筈だが、どうも記憶は曖昧だな。

城に入り本丸へ進むと、松波庄五郎が平伏して待っていた。



「おお、松波庄五郎よ。大儀であった。見事な手筈にてこの城を落としたと聞いておるぞ。」

「はは。お褒めの言葉を頂き、ありがたき幸せにございまする。」



松波庄五郎が礼を述べた後に顔を上げた。



「…しかしどのような手段を持ってこの城を落としたのだ。叔父御とて、兵は抱えていた筈だが。」



戦をせずに城を落としたすれば、それはもう凄い事である。

先だって一向一揆に占拠された城は被害もあまり無く取り返したのだが、それについても仕込みの段階で多少の死傷者を出したものだ。



「はい。人の言葉は武器である、と言う事にござる。」

「人の言葉とな。」

「さよう。…まま、その前にそちらにお掛けなさりませ。」



っと、つい立ち話をしてしまっていた。

松波庄五郎に促され、僕は上座に腰を下ろした。

遊佐総光ら家臣達も下座へと座った。




「で、どのような策を用いたのだ?」

「はい。殿や畠山様が越後へ御発ちになられた後、某は頂いた金子を持って人を雇いました。」

「ほう、人をな。」

「殿はご存知やも知れませぬが、某は元々日蓮宗の僧にございました。まあ、生臭でしたがね。その縁もありまして、坊主にはそれなりに顔が効き申す。雇った人はその信徒と言う事とし、噂をばらまいたのです。」

「噂…?」

「実際にどうかは別にして一向一揆の坊主共を見ればお分かりになるように、仏門の者が説く言葉にはそれなりに力がありまする。その坊主が知り得た話として、某は放生津城周辺に次のような噂をばらまきました。」



松波庄五郎が一呼吸おいた。



「神保の殿様が畠山の殿様と共に越後へ向かった。越中を平らげる話をする為だ。帰ってすぐに数千の兵を持って反逆者の下に向かうだろう。手始めはここ、放生津になるだろう。」



ふむ、なるほど。

流言飛語と言うわけだ。

だが普通の流言飛語とは違い、(誇張はあるにせよ)事実を繋ぎ合わせたものだ。



「次に商人にございます。坊主が広めた噂の真義を確かめるに、情報に詳しい商人に聞こうとするでしょう。その時期にこのあたりの商人を買収し、出入りの者と我が息の掛かった者に変えました。その者に同じことを噂させるのです。」

「なるほどな。出入りの商人が同じことを言えば、信憑性が増すと言う事か。さらには商人がいつもと違う者が入ってくれば、このあたりはヤバいとも思うだろうしな。」

「御名答にござる。そして最後の仕込みですが、周囲の山の方の方角に旗印とかがり火を焚きました。多く兵がいるように見せるためです。もちろん街道も全て封鎖しました。…数日後に叔父御殿に降伏勧告を致せば、一件落着にございます。」



なるほどな。

恐怖心を煽って閉じ込めてしまえば、ストレス過多になると言う訳か。



「なるほど、良くぞ見事城を落とした。落ち着き次第褒美を取らそう。…っと庄五郎は城が欲しいのだったな。」

「そうは申し上げましたが、急ぎではござらぬが。」

「約束は違えぬよ。もし今後も俺の下で働いてくれるのであれば、庄五郎、お主をこの放生津城城主に任ぜよう。」

「は…、真にございますか?」

「うむ、今後もしかと励んでくれるな。」

「それはもう! ありがたき幸せにございまる。」



松波庄五郎が平伏した。

声が上ずっていたから、感激してくれたに違いない。

さてこの後は我が叔父御への沙汰かな。

とりあえず叔父御とその郎党を連れて来てもらうとするか。






人のうわさは良くも悪くも、武器となり得ます。

本来は斎藤道三となるはずの松波庄五郎であれば、それくらいの智謀があると考えました。

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