第三十三話
一五二一年六月 越中新川郡松倉城
越後守護上杉定実らとの会談の帰り道、僕は新川郡守護代椎名慶胤の居城である松倉城を訪れていた。
新川郡は越中の東半分を占める、面積としては大きな行政単位であった。
松倉城は松倉山の山頂に会った山城で、松倉城及びその周辺地域はその政治および軍事の中心地として栄えており、またかなりの産出量を誇る松倉金山を擁していた。
「宗右衛門尉殿よ、よく参られた。」
「はい、椎名慶胤殿もお元気そうで何よりです。」
僕は椎名慶胤の対面に腰を下ろした。
僕と椎名慶胤の間に主従・上下関係は無い。
越後守護代として同格の武将であった。
「その様子では越後上杉定実殿との会談はうまくいったようだな。」
「まあそれなりに、ですね。私のもう一つの目標もそれなりに達成でき申した。」
「それは上上。で、新川郡に関する首尾はどうだったのだ?」
まあそこは気になるよね。
先の戦で長尾方に通じた椎名長常は自身も守護代を名乗り魚津城に拠していた。
こちらは海に面しているところに建つ平城で、交通の要衝でもあった。
越後を発った後にすぐ分かれた畠山義総の一行は堂々とこの周辺を通行していて、こりゃさすがだなと思ったものだ。
「はい。まずは越後守護上杉定実より国内の領主達へ、向こう三年間越中に干渉することを禁じる触れが出されました。」
「ふむ。だがそれは守られるのか?」
「さぁ…。まあすぐ大っぴらに破る国人領主はさすがに現れますまい。他国の守護の前で述べたものであるし、そこに長尾為景殿もおりましたからな。」
いくら権勢が落ちて来た守護とは言え、他国守護を前にした約束と言うのは重いものである。
「それにこちらが知らせ次第に越後守護上杉定実様が千ほどの兵を春日山近郊へ進めてくださるそうです。長尾為景殿と戦火を交えることは無いでしょうが、大きな牽制となりましょう。」
「なるほど。それならば長尾が長常めに援軍を送ってくることは無さそうだな。」
「さようで。」
まあ椎名長常からしたら見捨てられたようなものだ。
それでいて一度振り上げた拳はなかなか下ろせない。
武家と言うのはそういうものであろう。
「ふむ、では来月には長常めを討伐する軍を挙兵しよう。宗右衛門尉殿も助けてくれるな?」
「それはもう。我が侍大将たる遊佐総光を将として五百の兵を都合しましょう。」
「ありがたい。儂は千ほどの兵を動員できるから、何とかなろうな。…そう言えば宗右衛門尉殿の配下の、何と言ったか…」
何と言ったか…。
もしかして松波庄五郎の事かな?
「松波庄五郎でございますか。」
「そうそれよ。儂は会ったこと無い人物だが、つい先日お主が叔父御殿が拠した放生津城を落としたぞ。」
えっ!?
まさか宣言通りに??
「さ、さようでございますか!? まだ越後から戻ったばかりで報告を受けておりませんでした。」
「まあ越後で忙しいと思って気を使ったのだろうな。どのような手段を使ったのか分からぬが、叔父御殿はほとんど戦闘をせずに降伏したらしい。」
まあ叔父である神保慶明の状況は椎名長常のそれより厳しい状況にあったのは確かだ。
頼みの綱である長尾家からは遠く、椎名長常にも援軍を出す余裕は無かったのだ。
しかしそれでも三百程の兵を抱えていた筈なのだ。
松波庄五郎に与えた兵は五百であったから、ほとんど戦闘をせずと言うのは信じがたい。
「うーむ、どのような手を使ったのか。」
「それは儂には分からんな。戦うのを前提にした策であれば儂でも考えられるがな、戦闘をせずと言うのは…」
まあ詳しくは松波庄五郎本人に会って聞かなくてはいけないな。
「ほとんど戦闘をせずと言うのであれば叔父の神保慶明も捕らえているのかもしれませんな。」
「戦死した、とは聞かぬな。」
「ではその叔父上の処遇も考えないといけませぬな。」
血縁のある叔父とは言え、敵味方に分かれていた人物だ。
少なくともそのまま赦免すると言う訳にもいくまい。
「まあそれはお主の好きして良かろうよ。既に神保守護代家とかの叔父御との力関係は歴然としたものがある。」
まあそれはそうだ。
自分は他の人物の生殺与奪を握る立場になったのだから。
近々、越中国内を平定するための戦が行われることになります。
その前哨戦たる叔父の討伐は、まともに戦闘もせずに終わったようです。それについては後の話で語る事にしましょう。




