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第三十二話


一五二一年六月 越後琵琶島城



「…と言うわけでごさいましてな。」



翌日、僕は再び琵琶島城の広間にて越後守護上杉定実と対面していた。

謁見の間に集まっていたのは越後方は上杉定実の他はその弟の上条定憲(じょうじょうさだのり)、昨日元服した長尾定長、宇佐美定満である。

僕の方は畠山義総、遊佐総光だ。

妻の芳や狩野屋、畠山九郎らは遠慮して別室で待機してもらうことにした。



「ほう。あの長尾為景が前で、長職(おとうと)にしては大きく出たじゃないか。」



義兄(あに)の畠山義総がニヤリと笑いながら言った。



「笑い事ではありませぬぞ、義兄上(あにうえ)。大迫力で睨みつけてくるもんだから、俺は小便ちびりそうになり申した。」

「はっはっは。お前がビビり散らかしている顔を見たかったぞ!」

義兄上(あにうえ)…」



義総の中の僕って何なの…?

そう思いながら長尾定長の方を見ると、目を輝かせながらまさに尊敬のまなざしと言ったような視線を向けて来た。

えっと、俺ってあんたの父君に仲良くしませんよって言ったわけなんだけど。



「ほっほっほ、義総殿と長職殿は本当の兄弟のようだ。のう、定憲よ。」

「そうですな、我等もかくありたいものです。」



上杉定実と上条定憲は十年余り前に勃発した越後守護の地位を巡る争いでは敵対関係にあった。

その争いが集結した後は、一貫して上杉定実に忠節を尽くしたはずだ。



「しかし長職殿よ。向こう三年間は越中に干渉せぬ様為景をはじめとする国人領主に通達を出したが、またいずれ為景が目は越中に向かうことになりそうだの。」

「は、それは致し方ありませぬ。我が方もそれまでに越中国内を平らげたいと存じますが、その間越後国内での働きかけも何卒よろしくお願い申し上げまする。道一丸、いえ、定長殿の味方も増やしていかねばと思いますば。」

「長尾家が本拠地である春日山周辺は結束が固く翻意させることは難しいのう。さすれば揚北衆(あがきたしゅう)あたりに声を掛けるとするか。」

「私の方は同族の大見一族でもある、柿崎へ声を掛けようと思いまする。」



途中、宇佐美定満が口を挟んで来た。

柿崎か。柿崎家と言えばかの有名な柿崎和泉守景家を出した一族だな。

この時代だとまだ柿崎景家は元服前だと思うから、それまでに味方に引き込めれば非常に大きい。



「長職よ、他に何か越後にとって良い事は思いつかんか?」



義兄上(あにうえ)…、良い事ってそんなむちゃぶりな。



「…良い事、と言えるかどうかは分かりませぬが、もし余裕があればですが隣国信濃の村上義清なる人物をお助けなさいませ。」

「村上…? 守護の小笠原殿で無くてか?」



上杉定実が興味津々の様子で僕の方を見た。



「残念なことに信濃守護小笠原長棟様は北信濃まで力が及びませぬ。村上が当主の村上義清殿は武勇に優れた御仁でありますれば、結んで損は無いと存じます。」

「成程の。」



村上義清は某歴史ゲームではかなり武勇が高かったはずだ

史実でもかの有名な武田晴信の侵攻も撃退したほどだ。

最終的には武田に敗れ越後に亡命するんだったかな。



「その村上義清なる人物に縁は持たぬが、そうだな、守護の小笠原殿を経由して連絡を取ってみるとするか。」



少し遠回りにはなるが仕方ないかな。

信濃について今の神保家には干渉する余裕は無いから、越後の面々に任せておこう。



「しかし、長職殿は他国の情報にも通じておるとは凄いものだのう。」

「さすがは私が尊敬する長職殿です!」



やめて!

僕はそんなに褒められるのに慣れてないのよ…。

相変わらず長尾定長は子犬の様に僕を見てくるし…。

尻尾があったらフリフリしてるのが見えそうなくらいだ。



「それはそうと念の為上杉定実様には申し上げまするが、先日の通り、おそらく来月までに椎名長常の討伐軍を編成します。」

「承知した。動く事は無いと思うが、為景をけん制する兵を千ほど、春日山近郊に置いておこう。」

「ありがとうございます。」

「さて各々方よ、難しい話はひとまずここまでと致そう。別の部屋にささやかではあるが、膳の準備をしてもらっている。今日はゆるりと親交を深めようでは無いか。」



上杉定実が上機嫌で食事の誘いをしてきた。

越後も戦乱続きでストレス溜まってただろうから、たまにはこういうのも良いかなって思ったのかもしれないな。

この後別室で待っていた面々も加え、それなりに賑やかな宴席となったのであった。









この後は越後に関しては何か起きない限り積極的な関わりは持たない事になるでしょう。

(何かとは、そう、長尾為景が越中に侵攻してくるような事です。)


文中に柿崎家の話が出てきますが、平姓大見一族の後裔である説を採用しています。

かの有名な柿崎景家は一五二一年ですとまだ九歳くらいの筈ですので、この時の当主は父親の柿崎利家となります

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