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第三十一話 


一五二一年六月 越後琵琶島城



上杉定実との会談から三日後、僕達はまだ越後琵琶島城に滞在していた。

もともと急ぎの旅ではなかったのもあるが、本日は長尾道一丸の元服の儀があると言う事で、それに参列することになったのだ。

<元服>とは成人を示すものとして行われた儀式であり、武家では烏帽子を加冠され、そして改名を行うのだ。この時主君が烏帽子親になった場合は、偏諱(へんき)が行われることが多い。

本日元服する長尾道一丸は史実では長尾定景となり、後に将軍足利義晴からさらに偏諱(へんき)を受け長尾晴景になったのだ。



「本日にような良き日に元服の義を執り行えること、真に目出度き事である。道一丸よ、これへ。」

「はっ!」



越後守護上杉定実の声を受け、長尾道一丸が前へ進んだ。

そして上杉定実から烏帽子を加冠された。

少し離れた所にはその様子を見守る長尾為景の姿があった。

複雑な親子関係たる父親の心境はどのようなものなのだろう。



「道一丸よ。其方には我が名より、<定>の字を贈ろう。長尾家の通字の景と合わせ長尾定景と名乗るが良い。」



ふむ、ここは史実通りなのかな。

史実では足利義晴が将軍になるのは来年だから、<晴>の字を貰うのはまだ何年か先か。



「恐れながら御屋形様…!」

「む、何じゃ?」

「御屋形様から<定>の字を拝領致す事、真に恐悦至極にございます。…今後私が名乗っていく名でございますが、私に腹案がございましてそれをお聞き入れ頂く事をお許し頂けますでしょうか。」



ん、あれ?



「何じゃ、申してみよ。」

「はっ。私でありますが長尾家中に起きましてその嫡男となっておりますが、私自身まだそれに足る人物であると思っておりませぬ。」



その言葉に、長尾為景の眉がピクリと動いた。

大きく表情を変える事は無いが少しばかり動揺の色が感じられた。



「つきましては私は自分自身の成長を実現するべく御屋形様の<定>の字と共に、私が兄の様に尊敬する神保長職殿より<長>の字を頂きまして、長尾定長(さだなが)と名乗る事をお許しいただけませぬでしょうか。」



そう言いながら長尾道一丸が平伏した。

いきなり何言ってんだ道一丸は!?



「ふむ…。その意気、殊勝な事ではあるが…。 神保長職殿、如何であろう?」



上杉定実がこちらを見て来た。



「し、しかし…。」



僕は横目で長尾為景を見た。

僕に視線を向けてくる事は無いが、その雰囲気には怒気が感じられた。

だってなんか青筋を浮かべているんだもの…。



「駄目ですか? 長職殿…。」



長尾道一丸もこちらに顔を向けた。

まるで子犬の様な視線を向けるのはやめい!

…まあ長尾為景が表立って反対の意を示さないのであれば、僕も反対するような事では無いか。



「いや、かの猛将たる長尾為景殿が子である道一丸殿からそのような願いを受けますれば、私としても反対するようなものではございませぬ。」



若干、本当に少しだけ長尾為景を持ち上げつつ、僕はそう答えた。



「ほほっ。であればそれは真に喜ばしき事よの。儂としても未来を担う若き武士(もののふ)が成長を遂げるのは嬉しき事でもある。よし、今後長尾定長(さだなが)と名乗るが良いぞ。」

「はっ。ありがたき幸せにございまする。今後も叱咤激励、よろしくお頼み申し上げまする。」



何ともまぁ。

史実と違う長尾定長(さだなが)が爆誕してしまったのであった。




◇ ◇ ◇




長尾道一丸改め長尾定長(さだなが)の元服の儀式が終わり、琵琶島城の廊下を歩いていたその時である。



「…神保長職殿。少しよろしいか。」

「はっ。…え!?」



何と声を掛けて来たのは長尾為景であった。

僕より二十歳近く年上であろう猛将は何とも言えない迫力があった。



「貴殿と少し話がしたい。宇佐美殿からそこな部屋を借りたので、時間を頂けぬか?」



大丈夫?

いきなり斬られたりしないよね?



「は、はい。少しであれば。」



まあ断れる雰囲気でも無いよね。

本当にこの人迫力満点なんだもの。

僕は長尾為景と共に四畳半程の部屋に入った。



「それで私に用とはどのようなものでございましょう。」

「ここにきて無駄な話は要らぬよな。貴殿、いったい何を考えているのかお教え願いたい。」



うーむ。

戦国の世にて僕より長く、しかも生と死と隣り合わせに生きて来た御仁にはごまかしなど効かないよな。



「私は、神保長職はこれからも生き残りたいのでござりまする。」

「生き残りたい、だと?」



長尾為景のような<強き者>にはそれは分かりにくい事だろう。



「我が神保家は長尾家よりも弱き存在でござる。そして周りに宗教で煽動された坊主共も存在しております。私は常に、私や、周りの者が如何に生き残っていけるかを考えているのです。」

「だがそもそも我が長尾に反抗したは其方の父上殿では無いか。」

「その通りです。だが私は父・慶宗では無い。」

「…戯れ言だな。」

「それは我が義兄にも言われ申した。」



僕は長尾為景をじっと見た。

ここで負けるわけにはいかないのだ。



「それならば我が長尾に下れば、越中での地位は保証してやろう。」

「それはお受けいたしかねまする。」

「何故だ?」

「我が神保家は今は長尾為景殿には下る訳には参りませぬ。」

「ならば儂は其方と敵対しなければならなくなるぞ。」



長尾為景は野心多き男だ。

本当の意味で生き残るためには、ただ強き者に服従するだけでは駄目だ。



「私は一人でも多くの仲間が欲しい。為景殿は本当の意味での仲間にはなれそうにありませぬ。長尾道一丸殿は私と同じく、生き残りたいと私に言われました。我が神保家が与するのであれば道一丸殿、いえ、長尾定長殿にござる。」

「左様か。」



長尾為景は腕を組みながら、鋭い視線を僕に向けた。



「神保長職殿のご意向はよく分かり申した。…次にお会いするならば戦場であろうな。」

「できればお手柔らかにお願い申し上げる。」

「ははは、戦場で手加減する武士がどこにおるのか。せいぜい我が息子と仲良うする事だな。」



そう言うと長尾為景が席を立って部屋を出て行った。

あの猛将・長尾為景に敵対宣言をした瞬間であった。
















長尾道一丸が元服しました。

しかし史実と違う名となってしまいました。

このままいけば越後の雄である長尾為景とは敵対することになるでしょう。

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