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第三十話


一五二一年六月 越後糸魚川



琵琶島城での会見から話は少し遡り、場所は越後糸魚川。

この地は基本的には長尾家の勢力下にあるが事前の書状にて先触れを出していたため、僕達は特段妨害されること無く旅の行程を進めていた。

そろそろ日が暮れて来たのだが流石に畠山家と神保家の警護兵を総勢三百五十連れていたため、本日は糸魚川にて陣を張る事とした。



「明日には春日山を超えられるかねえ?」

「どうでありましょうか。順調にいけば、と言うところでしょうか。」



春日山と言うのは長尾家の本拠地とも言える名城だ。

<現代>での距離で言うと、この場所からは直線距離で三十キロくらいであろうか。

先に述べた通り戦をしている訳では無いので無事通過できる筈ではあるが、心情的には味方では無い勢力の根拠地は早めに通り過ぎたいものだ。

越後は実に広い。

会談場所である琵琶島城まではまだ三日は見ておくべきかな。



「殿、御客人が見えてございます。」



狩野職信が陣幕の中に入ってきた。

我等一行は畠山・神保の合同軍とは言え、両家の陣は流石に分けていた。



「どなたであろう?」

「畠山九郎様にございます。」

「九郎様が…? お通しせよ。」



何と客は畠山九郎と言う事だ。

一体何の用事かな。

少しして刀を預け非武装となった畠山九郎が陣幕の中に入ってきた。



「畠山九郎にござる。神保長職殿におかれては、お休みの所申し訳ござらぬ。」

「これは畠山九郎様。我が陣に何の用向きでございましょう?」



家格で言えばまあ向こうの方が上だし、まあ年上でもあるから一定の敬意は払おうか。



「いや、畠山義総様の弟同士、一度ゆっくり時間を取って話をしたかったのだ。」

「そうでございますか。ささ、どうぞそちらにお座り下され。」

「かたじけない。」



僕は畠山九郎へ対面に座るよう促した。



「まあ確かに九郎様と私の初対面は、まああまり良いものではありませんでしたからね。」

「ははは、そうだな。」



畠山九郎の機嫌は悪く無い様だ。



「長職殿の手際が実に見事なものだった。我が方は何もせずに降伏せざるを得なかったからな。」

「いえ、義総(あにうえ)の策にございますよ。」

「ははは、謙遜めされるな。時に…」



畠山九郎は自らの膝に手を置いた。



「長職殿は今までにあった人物とは違った雰囲気を持つ御仁だな。」

「違った雰囲気、でございますか?」



この人は何を言っているのだろう?

まさか時を遡ってきたと言うのが分かったのか?

そんなはずは無いか。



「俺は兄に負けた後畠山庶流の家に預けられていてな。いろいろと学ぶ内に長職殿が行っている氷見での事業の話も聞いたのだが、中々に面白い事をやっているのだな。そして結果を出している。」

「そうでございますか? 私としては周りに助けられているだけでございますよ。」

「そこよ。長職殿は決して自分だけの手柄とは言わぬ。もし俺だったら、いや、他の者であっても自分の手柄として誇るだろう。」



うーん、そんなものだろうか。



「自分の手柄として周りに自慢する暇があったら、身内や協力者と成果を分かち合った方が更に成果に繋がるのではないでしょうか。」

「長職殿はさらに先を見ているという事か。」



自分が生き残っていくために味方を増やす、それが自らの基本方針だからな。

周りも幸せになってもらった方がいい。



「それで長職殿、ひとつ頼みがあるのだが。」

「私にですか? どのような事にごさいましょう。」



畠山九郎の顔は真剣な表情になった。

ただ単に金を貸してくれ~とかでは無さそうだな。



「我が兄・義総はああ見えて家族想いだと言うのが分かった。だからこそ、俺は能登にはいない方が良いと思ってな。」

「能登にいると、反義総(あにうえ)の旗頭にされかねない。火種になりかねない、と言う事ですかな。」

「もちろん俺はそのつもりは無いがな。一向一揆等が加賀との国境で活発に動いておるしな。」



史実ではその一向一揆と組んで、義総に対抗してた本人からそれを聞くとは思わなかったな。



「坊主共には困りますな。我が領内にもおりますが…」

「だから俺は此度の越後訪問が終わったら能登を離れようと思っているのだ。」

「ふむ、どこかアテでも?」

「京に上ろうと思っている。向こうには畠山家の屋敷もあるから、当面は困らん。」

「それで私への頼みとは?」

「長職殿は氷見での事業を、狩野屋と言う商家と営んでいるのだろう。狩野屋はまだ京での拠点が無いとも聞く。」



確かに狩野屋は京には行商で行く程度だったかな。

いずれ京に小さくとも拠点を構えたほうが良いのは間違いないが。



「そこで畠山家が京での拠点づくりを援助するから、俺に長職殿の事業を手伝わせてほしいのだ。兄の許可は得ている。」

「なんと…」



思いもよらぬ提案だ。

うーん、義総(あにうえ)からでは無く弟の畠山九郎からこれを言わせたのは、弟を思う心からなのかな。



「それに関しては直には答えは出せませぬ。私の方も狩野屋の意見を聞かなくてはいけないし、仮に雇わせて頂くにしてもまずは狩野屋へ預けて鍛えさせていただくことになりましょうぞ。」

「俺の願いを聞き入れてくれるのであれば、そのあたりは全てお任せする。何卒、検討を願いたい。」



畠山九郎が頭を下げた。

うーむ、無下に断るのもあれだし、狩野屋に聞いてみるか…
















畠山九郎は自らの過去を清算することを選んだのでした。

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