第三話
一五二〇年 五月 越中守山城
<狩野屋視点>
「よく来てくれた。そなたが弥五郎の叔父御の狩野屋か!」
「ははっ!」
五月も後半になった頃、俺はとある越中の御殿様の城を訪れていた。
御殿様…とは言っても目の前にいるのは俺の甥より少し年上に見えるくらいの少年だった。
確か先代の御殿様が討ち死にして家督を相続したばかり、と聞いていたな。
「私は狩野屋伝兵衛宣広と申します。日頃、我が甥がお世話になっておりまして…」
「うむ、俺が神保宗右衛門尉長職である。…伝兵衛もよろしく頼むぞ。」
神保長職と名乗った少年は満面の笑みを浮かべていた。
ふむ、印象は悪くない…と言ったところか。
「それで長職様、何ゆえにこの私をお呼びなされたので…?」
「ふむ、それであるが…」
そう、それが一番の疑問であった。
確かに俺はこの越中守山城からそう遠くない氷見の町にて商いをしているが、神保家と深く関わった事は無いはずだ。まあ、甥が小姓をしている関係で幾らかの商売付き合いはあるにはあるのだが…。
「狩野屋伝兵衛、その方は今の神保家をどう見るかな?」
「どう…とは…?」
目の前の子供は何をいきなり何を言い出すんだ?
近くに控えている甥の弥五郎も困惑しているではないか…。
「商売人の目から見て、我が神保家は何か掛けるに値するかな? 率直に答えて良い。」
「そうですな…」
俺は長職の顔を見た…と言うか目を見た。
俺は商人になってから二十余年、色々な人間と付き合ってきて人の目を見る事は得意なつもりだ。
「有り体に申しますと、今から多額の銭を投資するのには二の足を踏みますな。長職様には申し訳ございませぬが…」
さて、どう出る?
「ははは、そうか。狩野屋の申す通りだな。」
「と、殿。申し訳…」
「良い、弥五郎。」
怒らぬか。
「狩野屋…、俺もそう思っている。神保家は味方が少ない。」
「左様で…。故に、銭を掛けるには厳しいかと。」
俺は平伏した。
この御殿様は置かれている状況は分かっているようだ。
適当にあしらってここは退散させてもらうか…?
「狩野屋、そこを曲げて頼まれてもらいたい事があるのだ。」
「私に…でございますか?」
「そうだ。先程申したように我が神保家には味方が少ない。今の味方はまあ…新川郡守護代椎名家…の半分とそこな弥五郎の実家狩野家は味方になってくれようが、新川郡東部は長尾の息が掛かっているし他の国人領主や一向宗は日和見であろうな。俺の叔父御の慶明も守護方だしな。」
俺も同感だ。では目の前の御殿様はその理由をどう考えておるかな?
「私もその様に思いまする。…では長職様は何故その様になったとお考えでありましょうか。」
「ああ、それは我が父が始めた戦に大義が無いからだよ。」
そうだ。御殿様の言うようにこれまでの神保家の戦いには大義が無い。
事の起こりは先だっての一向一揆との戦いにおいて、先代の神保慶宗が長尾為景の父・長尾能景を裏切った事に始まっているし、その上主家の守護畠山家に背いたのだ。
「まあそれも戦国の倣いではあるが、それをするには敵を作り過ぎた。大義が無いのなら、それでも勝つ何かを考えねばなるまい。…そうでは無いかな?」
「長職様の仰る通りでございまして…」
「そこで、だ。俺は狩野屋に、俺の味方を増やす手伝いをしてもらいたいのだ。」
「そ、それはいかなる事にございましょう。」
何か面倒な事になりそうな予感がする。
帰るに帰れんな…。
「まずは何か産業を興したい。少しでも富めば、人も集まろう。例えば氷見であればそうだな…饂飩とかどうかな。あるいは鰤などの海産物でも良い。延縄とかはやっているのかね…? あ、あとは富山の常備薬が良いかもな。」
ちょっと待て…、今氷見の饂飩、富山の常備薬とか言ったか?
「長職様、恐れ入りますが…」
「何かな、狩野屋。」
「私を信じて、お人払いをお願いしたい。」
俺は甥の弥五郎を、そして長職を見た。
「叔父上、いったい何を…!?」
「弥五郎。」
長職は甥の弥五郎を制した。
「すまぬが、叔父御と二人で話がしたい。少し下がっておれ。」
「は…、かしこまりました。」
弥五郎は少し不満げな表情を浮かべたが、一礼して部屋を出ていった。
「さて、二人になったぞ。狩野屋。」
「は、では…」
俺は長職の顔を見てから口を開いた。
「あんた、いつの時代から来た?」
「む、そうか…」
俺の問いに、長職は瞑目した。
狩野屋伝兵衛も、時を遡ってきたのでした。
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