第二十八話
一五二一年六月 越後琵琶島城
「これは畠山殿、よくぞ参られた。」
ここは越後琵琶島城。
越後守護上杉定実が両手を広げて出迎えて来た。
少し離れた所には同守護代の長尾為景とその嫡男道一丸が控えていた。
うーむ、長尾為景の同席回避は出来なかったか。
その反対側には少し白髪交じりで髭を蓄えた男がいた。
これが琵琶島城主の宇佐美定満かな。
某ゲームのよりは若いはずだが、印象がバッチリだ。
「上杉殿にお会いするのは私の先代が健在な頃以来ですかな。」
「そうでござるな。当時は畠山殿もまだ可愛らしゅうござったぞ。ささ、中に入られよ。」
畠山義総の口調が珍しく敬語だ。
同じ守護の地位であっても年齢的に年下だからなのかな。
僕達は琵琶島城の広間に通された。
「改めて、余が越後守護上杉定実である。こちらに控えるは我が家臣の…」
上杉定実が横をチラッと見た。
「…越後守護代長尾為景でございます。こちらは倅の道一丸はもうご存知でございましょう。」
長尾為景が一礼した。
この時代の長尾為景は30代って所だったかな。
野心溢れる武人と言うような風貌だ。
「某は琵琶島城主、宇佐美定満と申します。此度は我が城にお越しいただき、恐悦至極にございます。」
宇佐美定満、この人は何か苦労人と言った感じがするな。
年齢は長尾為景と同じくらいだった気がするが。
「私の方も同行者も紹介させていただきましょう。まずは我が義弟から。」
「越中守護代神保長職にございます。此度は拝謁にあずかり、誠に嬉しゅうございます。傍に控えるは我が妻の芳にございます。」
「芳にございます。上杉のおじ様、よろしくお願いいたします!」
「おうおう、可愛らしい奥方にござるな。」
やはり芳は場を和ませるな。
長尾為景あたりのピリピリ感が少し薄まった気がする。
その後も一通りの紹介が済み、各人がそれぞれの席に座った。
「それで此度は我が越後にどのような用向きでござろう?」
「それですが我が義弟から、越中の件でお願いがございましてな。」
「越中の件で…。神保殿、申してみよ。」
上杉定実が僕の方を見た。
「はっ。越中の情勢でございますが先の戦では不幸にも我が父は守護畠山家とそこにおられる長尾殿の勢力と敵対関係になり申した。」
「うむ、それでそなたの父上殿は討ち死にされたのだったな。」
「はい。しかしながら今日では私は畠山義総様と義兄弟となり、和睦を致しております。某としましてはいち早く、越中国内の争いを終わらせたく考えております。」
「越中守護の畠山殿は今は畿内におられるのだったな。」
「はい。我が御屋形様は在国致しませぬ故、私は守護代の御役目を果たしたく。」
「うむ、殊勝な事よ。」
まあ心にもない事ではあるがな。
「しかし残念なことに新川郡に、同守護代を僭称する椎名長常なるものがおりまする。近々本来の新川郡守護代椎名慶胤殿と共にその者を討伐するつもりでありますれば、上杉様におかれましてはそれを見て見ぬふりをして頂ければと存じます。」
その言葉に、長尾為景が眉をピクリとさせた。
椎名長常は先の戦いで長尾方に靡いたことから、新川郡東部の統治を長尾に認められていたのだ。
「成程のう、見て見ぬふりをのう。」
「恐れながら…」
道一丸が口を開いた。
「何じゃ、道一丸。」
「神保長職殿は能登畠山家ご当主の畠山義総様がお認めになった御仁にございます。ここは神保殿のご意見を尊重されるのが良いと存じまする。ましてや、他国の事でござりますし。」
「そうよの。他国の事よの。」
ここまで<台本通り>である。
この流れを聞いていた長尾為景は表情は大きく変えないものの拳をギュッと握り締めていた。
長尾道一丸が長尾為景の考えと違う意見を表明したからと言うのもあるだろう。
「相分かった。向こう三年間、越中に干渉せぬ事を我が臣へ通達しておこう。良いな、為景。」
「…御意。」
長尾為景が短く答えた。
向こう三年間の不干渉と言うのは守られるかどうかは別として、守護が他国の守護の前で発言したことに大きな意味を持つ。
これを違えた者は主家に逆らうのみならず、他国と敵対する意思を表に出すことになるからだ。
「ありがたき幸せにございます。…上杉様には我が領より貢物がございますれば、是非お納め頂きたく考えております。こちらが目録にございます。後程吟味くださいませ。」
僕は近習へ目録を手渡した。
「うむ、ありがたく頂戴するぞ。神保殿の氷見での事業についても、風の噂で聞こえてくるからの。」
会談の数日前から、こちらから噂を流しているのだから当然だな。
「それともう一つお願いがございます。」
「何だ? 申してみよ。」
僕は宇佐美定満へ視線を向けた。
「そちらにおられる宇佐美定満殿は優秀な将と伺っておりまする。私はまだ若輩者故、是非宇佐美殿へ色々と教えを乞いたく、この後お話を伺わせていただきたいと…」
「それは私も是非お願いしたです!」
僕の言葉に、道一丸が大げさに同調した。
「そ、某でございますか…?」
宇佐美定満が少し動揺したような表情を浮かべた。
「良いでは無いか定満。これからの世を担う若き武士が教えを乞うて来ておるのだ。話を聞かせてやってくれ。」
「は、はい。某でよろしければ…」
「宇佐美殿、よろしくお願いいたします。」
僕は首を垂れながらニヤリと笑った。
長尾為景の怒気をはらんだ視線を感じるが、気付かなかったことにしよう。
越後琵琶島城での上杉家との会談です。
もちろん史実ではありえなかったことになります。




