第二十七話
一五二一年五月 越中守山城
「これは、殿よういらっしゃいましたな。」
越中守山城主を任せている遊佐総光が満面の笑みで出迎えてくれた。
到着が思いのほか遅くなってしまい、既に日が傾きかけて来ていた。
「うむ、出迎えご苦労であるな。芳や郎党達を休ませてくれるか。」
「は、それはもう!」
「総光おじさま、こんばんは!」
「おお、奥方様。今日も元気でらっしゃいますな!」
ええっと、あからさまに態度が違くない?
まあそれはもう何も言うまい。
「立ち話も何ですからお入り下され。」
僕達は天守の広間に通された。
拠点を氷見に移してまだ半年程度だが、何か懐かしい気分だ。
僕は芳を連れて上座に着席した。
「夕餉の準備が整いましたらお持ち致しますので、それまでしばしお待ちくだされ。」
「うむ、よろしく頼む。」
平長光が一礼して下がっていった。
「さて総光。此度は蓮沼城とその周辺の支配権を奪い返すことが出来たと聞いている。実に素晴らしき働きだ。」
「儂は御屋形様の策に乗った迄でございまして。」
「いや、そこに至るまでの功労は見事である。褒美にこれを取らす。」
僕が合図すると、狩野職信が関孫六の太刀を持って来た。
「美濃より取り寄せた、関孫六の太刀だ。褒美として進呈しよう。」
「わ、儂にでございますか!?」
「うむ。これからも侍大将としての働き、期待している。」
「か、過分のご沙汰! 恐悦至極にございます!」
遊佐総光は太刀を受け取ると頭を擦り付けんばかりに平伏した。
肩を少し震わせていた。
「顔、上げてくれ。総光。」
「はっ!」
遊佐総光が顔を上げた。
その顔は目を赤くしており、どうやら感激してくれたようだ。
「…それと総光。お主に引き合わせたい人物がおってな。つい最近召し抱えたのだが、庄五郎。」
僕は松波庄五郎を呼んだ。
部屋の外に控えていた庄五郎が中に入ってきた。
「総光。こちらは松波庄五郎だ。神保家における作戦参謀…、軍師だな。それを任せようと思っている。」
「お初にお目にかかります。某が松波庄五郎でござる。」
「遊佐総光でござる。松波殿、よろしくお頼み申す。」
二人は互いに会釈をした。
「庄五郎。しばらくはここ守山城に駐在して、総光と意思疎通を図ってほしい。目標は砺波郡の一は砺波郡の平定であるが、それは急がなくても良い。二つ目は椎名殿の東にいる、長尾家が擁立した守護代を僭称する椎名長常だな。」
「椎名長常は長尾家の後ろ盾があれば、中々手を出しにくいと存ずるが…」
「そこは俺の方で何とかする。来月に越後守護上杉家と会見することになっていてな。」
「左様でございますか。で、あれば、長尾が動かぬ様にするわけですね。」
「その通りだ。」
「だがその前に、一つやらなければならないことがあると存じます。」
「何だ?」
「この放生津城は今どうなってございますか?」
松波庄五郎が机にあった地図を取り、高岡の町を指さした。
そこには放生津城と言う城があり、先の戦の前までは神保家が拠点としていたところだ。
「…ああ、そこには俺の叔父御がおったな。おそらくはな」
叔父御とは父・慶宗の弟である神保慶明のことだ。
先の戦では守護側、つまり畠山・長尾連合軍側に与していた筈だ。
父・慶宗がこの守山城に撤退した際にこの城に入ったはずだ。たぶん。
この人、どうも影が薄くて存在自体を忘れていたな…。
「その叔父御殿は殿に挨拶など来ぬのでしょう?」
「そうだな。まったく会いに来ぬな。」
「ならば廃するべきでござる。」
松波庄五郎の主張は正しい。
そもそも敵であったわけなのだが、僕が能登畠山家と停戦した後も何も接触してこないのだ。
長尾が越後へ撤退している現状では孤立無援になっているはずだ。
「確かに庄五郎の言う事も一理ある。」
「某に兵を五百程お貸しくだされ。それと銭を少々。」
「何か策があるのか?」
「は。殿が越後から帰ってくるまでに、落としてご覧に入れましょう。」
「総光、今兵はどこまで出せる?」
僕は総光の方を見た。
「常備兵は七百まで準備出来まする。」
七百か。かなり練兵に力を入れてくれたんだな。
「ではそこから五百都合してくれ。」
「かしこまりました。」
「庄五郎、銭はいか程あれば良いか?」
「五十貫程あれば間に合いまする。」
「それくらいであれば何とかしよう。」
「では早速明日から準備すると致しましょう。」
それなりに氷見での事業が軌道に乗ってきたから何とか都合可能だな。
何か作戦があるようだから、早速松波庄五郎に任せてみるか。
総光おじさんは感動のあまり男泣きをしてしまいました(笑)
松波庄五郎の口ぶりでは六月には城攻めに着手する予定となっています。




