第二十二話
一五二一年四月 越中氷見 狩野屋
「お義兄さま! お義兄さま!。このおうどんは芳が作ったんですよ!」
皆のアイドル、僕の妻である芳が畠山義総にパタパタを駆け寄っていった。
「おう、そうかそうか。それは楽しみであるな!」
畠山義総が満面の笑みで応じた。まさにデレデレだ。
芳が作ったうどんは史実において後世<氷見うどん>と呼ばれるものと同じ製法だ。
このルーツは能登の輪島と言われており本来であれば江戸年間に興ったものなのであるが、例によって史実より早くレシピを開発した。
うーん、名称はちょっと変えた方が良いかな。
「おお、これは美味いな。良くできておるぞ。」
「えへへ~、でしょー? 偉い?」
「おう、偉いぞ。」
「でへへ~。」
芳は畠山義総に頭を撫でられニコニコだ。
「えーっと、義兄上。此度は何用でいらっしゃったので…」
僕は頭を掻きながら義兄へ問うた。
「何だ、用事が無くては義弟の家に来ては行かぬのか? 俺はお主の義兄で親族であるぞ。」
「そうですよ、長職さま! 芳はお義兄さまが来てくれて嬉しいです!」
「そ、そうだな…」
芳が言うのであれば仕方ない。
全く昼時を狙って! と義兄に言いたいところだったがその言葉は飲み込んだ。
「まあ俺もただ飯を食いに来ただけでは無いぞ。義弟が城を築く場所を考えていると聞いて、助け船を出しに来たのだ。」
「そ、そうですか? まあ俺も色々考えているのですけど…」
一人称だが、別に畠山義総に取り繕う必要もないので<俺>とすることにした。
畠山義総も別段気にしていないようだし。
「お主は城の立地とかには何か拘りはあるのか?」
「拘りですか…。まあ守りやすくて、あとは氷見の町に近い方がいいですね。」
「守りやすさであれば山城を築くのが良いが…、七尾のようにな。」
「確かに七尾城は良い城なのですが、俺は商いの事も考えたいので氷見の町へすぐ行ける場所は良いのですよね。」
畠山方の森寺城を含めると、氷見の町を囲むように既に山城がいくつか存在している。
外からの守りは一先ずそれに任せるとして、氷見の本城は町側へ置きたい。
「フム…。それで普段長職は狩野屋におるのか。だが平城と言うのもな。」
畠山義総が足元に広げた地図を覗き込んだ。
「長職さま。新しいおうちを作るのですか?」
芳が僕の隣に来て顔を覗き込んで来た。
「城、まあ、新しい家だな。だがどこに築くか悩んでいてな。」
「ふぅん…」
芳が地図をじっと見た。三十秒ほど眺めただろうか。
「長職さま! ここが良いと思います!」
芳が指さしたのは、氷見の町から少し北に行ったところ、少しだけ半島のようになったところだ。
「ああ、そこは確か少し山と言うか丘のようになっていて、海側は断崖絶壁になっている場所だな。」
狩野屋伝兵衛が僕の後ろから地図を覗き込んでいた。
「(確か三十年以上後に菊池某と言うのがそこに城を築いていた筈だ。阿尾城と言ったかな。)」
狩野屋伝兵衛が耳打ちした。
なるほど、ここは史実では城が建ったのか。それは知らなかったな。
「確かにこの場所なら海も監視できるし防衛面でも良く、また町にもすぐ行ける場所であるな。」
「でかしたぞ、芳!」
「えへへ!」
皆に褒められた芳は満足そうだ。
「しかし、義兄上はあまり役立ってませんね…」
「う、うるさい!! 生意気だぞ!」
「痛っ!」
僕は頭をパカっとはたかれた。
して、僕達神保家はこの場所に城を築くことにした。
城名は史実では<阿尾城>を言ったらしいが、ここは少しオリジナリティを出すとしようか。
僕はこの城を<城ヶ崎城>と名付けることとした。
◇ ◇ ◇
「ところで義兄上。話は変わりますが、越後守護の上杉家って伝手はございますか?」
「上杉か。同じ公方から守護を任じられているから話は出来なくは無いが、何かあるのか?」
「いえ、俺が、と言うよりは長尾道一丸殿についてなのですが…」
僕は年始の七尾での長尾道一丸との会談について話した。
折角の縁なのだから、放っておくわけにもいくまい。
「なるほどな。あそこの家というか越後国内においては、守護代長尾家当主の長尾為景の影響力がだいぶ大きいようだな。主家をも凌いでいるのだろう。」
「その中で道一丸殿の地位を確立するのは容易ではありません。長子なので嫡男でいられておりますが、家中における力は弱いようです。」
「ふむ、長職は長尾為景が隠居あるいは死去した場合の世継ぎに関しては、道一丸殿が都合が良いか。」
「有体に言えば、そうなりますな。」
道一丸が当主…、まあ史実でも一旦当主にはなるが、後に長尾景虎(=上杉謙信)が当主になることで、我等越中はだいぶ圧迫されてしまうのだ。
こちらへ好意的な道一丸が当主のままのほうが都合が良いのは確かだ。
「そこでまだ権威を多少なりとも保っている守護の上杉と道一丸を結ばせるって事を言いたいのだな?」
「もともと守護家から正室を迎える縁はあるようですが、より確固としたものにしたいのともう一つ…」
「まだあるのか。」
「道一丸殿には頼れる将が必要です。我が家中における遊佐総光のように。」
「そうだな。当てがあるのか?」
「はい。越後琵琶島に宇佐美と言う武将がおります。この者はかなり有能な人物のようでして…」
そう、宇佐美定満である。
某歴史ゲームでも有能な武将で上杉謙信の軍師だった筈だ。
この人物を、道一丸の副官に添えたい。
「お主が言うのだからそうなのだろうな。よし、俺が越後守護の上杉定実殿に書状を認めよう。必要であれば一度越後を訪れるのも良いかもしれんな。」
「はっ、是非お願いいたしまする。」
僕は頭を下げた。
こういう時こそ、守護の権威を利用しなければな。
うどんに関しては話を盛り上げるために出しました。
芳姫ちゃんは順調に料理を覚えております。
宇佐美定満はやはり出したい武将ですよね!




