第二十一話
一五二一年三月 越中砺波郡
(まだ積雪があるとはいえ)雪が降る日も少なくなってきた三月。
場所は越中国砺波郡から加賀へ向かう田舎道にて、事件が発生した。
「な、何だ!?」
「ゆ、弓だ! 敵襲!!!」
彼等は加賀から越中の一向一揆の拠点へと物資を運ぶ荷駄隊だ。
守備隊としては小規模な警護兵しかもたない彼等に、小高い丘の方から容赦のない弓の射撃が行われた。
「が、ぐ、ぐふ!?」
「ガハッ!!」
ある者は頭蓋骨を貫通し、またある者は胴体を貫通させられた。
日本の弓・和弓は西洋のそれよりも直進性が高く、貫通力に秀でていた。
扱いにくいものではあるが、慣れた者による射撃はかなり恐ろしいモノだろう。
荷駄隊の者達は恐怖に慄いたに違いない。
現場はまさに死屍累々であった。
「く、くそ。このままでは全滅だ。一体どの誰が…!?」
荷の壁に隠れて何とか射撃から逃れていた一人が、弓が飛んできた方向を見た。
物陰から馬に騎乗している者、そして徒歩にて出てくる武装集団が向かってくるのが見えた。
馬に乗っているのは…僧兵だ。
それにあの旗印は…!?
「ま、まさかそんな…」
何と旗印は同門であるはずのもの、そう、一向一揆が掲げるそれであった。
「生き残りだ! 殺せ!」
騎乗した僧兵がこちらに軍配を向けて来た。
このままでは殺されてしまう。
同じように生きていた他の者達は撫で斬りにされていた。
何故味方に荷駄を奪われなければならない!?
何故味方に命を奪われなければならない!?
男は無我夢中で逃げ出した。
どれくらい逃げたのだろうか?
気付いたら日が落ち、辺りは暗くなり始めていた。
◇ ◇ ◇
一五二一年三月 越中守山城
「殿、安養寺御坊から使者がお見えでござる。いかがなさいますか?」
守山城の一室に一人の男が入ってきた。
男の名は平長光だ。
この男は能登の平加賀守家の系統の者とは言われているが、儂の旧領にあった寺院に預けられていたのを引き取って近習としていたのだ。
中々に優秀な武将だ。
「越中一向一揆の坊主か。本音で言うと会いたくないものだが、安養寺御坊は大殿(神保長職の事)が縁を結んでいると聞いておる。…致し方ない、会うか。使者殿とお通しせよ。」
少しして少し肥えた様子の坊主が平長光に連れられて部屋に入ってきた。
信徒からの布施等で美味しい思いをしているのだろうか。
まだ寒い時期と言うのに若干の汗をかいているようだ。
「御城主遊佐総光様におかれましては、愚僧・玄宗への面会の機会を与えていただき、恐悦至極にございます。」
度が付くほど遜った挨拶であるな。
「うむ、玄宗殿を言われたか。御坊はご住職実玄殿の…?」
「はっ、実玄は我が父にございます。」
「なんと…。御坊程の高僧が我が守山城に参られるとは、どのような用向きでござろう?」
この手の坊主は言葉の節々に持ち上げる言葉を混ぜたほうが<いろいろと効果的>だ。
「は。是非我が越中国内の信徒へ、神保様方のお力を貸していただきとうございます。」
「む??? それはどのような?」
「は、それがなのですが…」
目の前の坊主が言うには、三月に入ってから安養寺御坊等越中国内へ物資を運ぶ荷駄隊が何者かに襲撃されているようだ。その場所は越中・加賀の国境を超えた山中であったり、また街道の近くであったり様々であるらしい。
「それは妙な事件でござるな。…そのあたりは我が方の目も届かぬ、御坊方の勢力圏でござろう?」
若干の嫌味を込めて言葉を返した。
「は、それはそうなのですが…。我が方としましても警護は増やしてはおりますが、手が回らぬ部分もございまして…」
それは儂も把握している。
大殿の方針にて越中国内においては一向一揆との戦は現在起こっていないが、加賀においてまだまだ激しく戦っているようだ。
砺波郡の信徒共もそれなりの数を動員されているのだろう。
雪もまだ降ると言うのに、ご苦労な事だ。
「しかもこれは内密にお願いしたいのですが、襲撃者は同じく真宗の者の様なのです…」
玄宗の表情は苦渋に満ちていた。
「まさか、御身内から荷駄を攻撃されていると仰るので?」
「はい。つい先日の件は何とか逃げ帰ってきた者が、敵方は蓮悟様の命を帯びていると言うような発言を聞いたとか…」
「蓮悟殿という御坊は、実玄殿の叔父御ではござらぬか?」
「は…、その通りでございます。」
「蓮悟殿には確認の使者は出されたのか…?」
「出し申したが、誰一人帰ってきませぬ…」
つまりはこの坊主が言う事が正しければ、内紛が起きているという事になる。
その対策の為に神保家の力を借りたいと言う事だな。
「…某は大殿より砺波郡の差配についてある程度任されている身であり、我が意向としても御坊へお力をお貸しすることに異論はござらん。」
「…では!?」
「だがそれには御坊方の支配領域への軍事通行権の許可が無くてはならぬ。本来砺波郡は守護代として神保家が治める地ではあるが、御坊方等の領域へ我等が軍が足を踏み入れた時に攻撃を受けては堪らぬからな。」
「それについては我が父へ話すようにいたしましょう。」
「左様か。では我等が精兵を蓮沼城へ入れようと思うが如何か? 大殿への確認も必要であるが、五百程の兵を置くことが出来よう。」
蓮沼城はかつて我が遊佐の一族が築城した城で、現在は一向一揆の勢力下にあったはずだ。
「拙僧には異存はございませぬ。かの城は現在守備兵をあまり置けない状況でして…」
「相分かった。その様に手配致そう。…さてこれは某から御坊への寄進でござる。これ!」
儂が手を叩くと平長光が金子の入った袋を持ってきた。
それを手渡すと、目の前の坊主はそそくさと懐にしまったのであった。
◇ ◇ ◇
「殿、うまくいきましたな。」
平長光がニヤリと笑いながら言った。
「長光よ、悪い顔になっておるぞ。御屋形様の奥方様にはその顔を見せるなよ?」
「…教育に悪うございますからな。」
これはどういうことなのかと言うと、この一連の流れは我が方の仕込みであった。
一向一揆に扮した兵を国境付近に忍ばせ、同じく一向一揆の荷駄を襲撃し、毎回少しだけ生き残るようにさせる。
門徒の他指導者の名前を出し、如何にも同門からの攻撃であるかのように認識させるのだ。
確認の使者に関しても我が方で始末していた。
…何も知らぬ信徒には気の毒ではあるが、これも戦国の倣いよ。
その結果一向一揆に奪われていた蓮沼城をほぼ無傷で奪還できた。
その上一向一揆の支配領域を大手を振って通行できるわけだ。
あの坊主には金子を握らせたから、この件について調べられることも無いだろう。
「御屋形様へ使いを出せ。一つ山を登ったとな。」
「かしこまりましてございます。」
平長光が下がっていった。
事を急ぐつもりはない。
じわりじわりと、先に進んでいくとしよう。
平長光はそれらしい名前を付けておりますが、架空の人物となります。
設定としては平加賀守家の系統としております。
文中の通り寺に預けられていた庶子を遊佐総光が引き取り、郎党として越中に連れて来た人物を言う事にしました。今後も登場してくる機会があるでしょう。




