第二十話
一五二一年二月 越中氷見
「長職さま! 出来ました!!!」
我が家のアイドル、そして僕の嫁の芳姫が鍋をグルグルとかき混ぜながら話しかけて来た。
彼女が作っているのはお汁粉だ。
このお汁粉と言う料理は、この時代には本来まだ存在しない。
お汁粉はもともと江戸年間に作られた「すずりだんご」と言うものが起源と言われている。
この料理は塩系の味がしていたらしい
そんなものが、しかも現代風の甘いお汁粉がここにあるのは、僕や狩野屋がいるからである。
雪が降りしきる時期だから、温かいお汁粉は最高だな。
「これに焼いた餅を入れて食べるんだよ。汁に入れると柔らかくなって喉に詰まらせやすいから、少しずつよく噛んで食べるんだぞ。」
「はぁい、パクッ! 甘~い!」
芳がにこにこしながら餅を頬張っていた。
実に微笑ましい。
芳を見ていると自然と笑顔になってくる。
「しかし伝兵衛。砂糖も安くないと思うのだが良く仕入れ出来たな。」
「今回の分は琉球からの輸入だ。サトウキビだからどうしても温暖な気候でしか栽培できないな。」
「テンサイはまだ無いんだっけ?」
「ビートは確かヨーロッパの方で栽培されてるはずだが、砂糖を取れるほどのテンサイはまだ早いんじゃなかったかな。」
「ヨーロッパの方じゃ、今の日本では無理だよな。たぶん…」
うーん、このあたりは僕には分からない。
某歴史ゲームには出てこないからな…。
いずれにしてもヨーロッパであれば、まだ南蛮人が来ていないこの時代では無理と言うものだ。
ただテンサイは寒冷地で栽培できると聞いたことあるから、興味あるんだけどな。
もしこのテンサイを手に入れることが出来て他に先んじて栽培できれば、一儲けできるというものよ。
「長職さまと伝兵衛おじさんって、仲良しなのですか?」
芳が僕の顔を覗き込んで来た。
ああ、確かに武家の当主と商人がこのような口調で会話するのは珍しい。
「俺と長職様が仲良しだって? とんでもない!」
狩野屋伝兵衛が大げさに肩をすくめて見せた。
「えー、でも親しそうではありませんか。」
芳が首を傾げた。
「奥方様。儂が思うに殿と狩野屋がそう言う話をしている時は、儲け話か悪だくみをしている時だと思いますぞ。」
口を挟んできたのは遊佐総光だ。
あの、それ主君に対して酷い物の言い様じゃない???
「えっ!? 悪だくみしてるの??」
「し、してないぞ。…総光、芳に変なことを吹き込むなよ。」
僕は総光に反論した。
「殿、儂は殿がニヤっと笑ったのを見逃しませんでしたぞ。」
「長職さま! 悪い人はお天道様から叱られるんですよ!」
「ハハハ。奥方様はこの総光めが悪人からお守り申し上げますぞ。」
総光…、ずいぶんと馴染んだね…。
もはや芳の親戚のおじさんムーブだよ。
「と、ところでその後常備兵の練兵は順調なのか?」
「それについてはご安心なされませ。冬期においても三百は即応動員できますぞ。」
「ほう、それは上々だな。後程褒美を取らそう。」
遊佐総光、やはりこの男は有能だ。
僕の期待に応えてくれているようだ。
「悪だくみと言えば、人材の勧誘の件だがな…」
狩野屋が僕の方を見た。
「え、その設定まだ続けるのか?」
「ノリ、雰囲気と言うやつだよ。」
あ、左様ですか…。
「流石にかの有名な朝倉宗滴は無理だ。かの御仁は主家への忠誠心が高すぎる。」
やはり無理だよね。この人も軍神と言っても過言ではない猛将だが、他の靡くような人間では無かったか。
「もう一候補の、例の美濃の油売りのほうだ。アレは美濃の常在寺と言うところに南陽坊と言う僧がいるのだが、それに近いところにいる松波庄五郎と言うのがおそらく該当の人物だな。」
勘の鋭い諸賢なら分かるかもしれないが、その人物こそ、長井新九郎・のちの斎藤道三である。
この時代に存命の有名武将と言えば限られてくるから、優秀な人物であればスカウトしたい。
まだ長井を名乗っていないと言う事は、美濃の国盗りからは程遠い状況の筈で、付け入る隙はあるだろうか?
「だが権謀術数に長けた人物だと思うのだが、大丈夫かな? 少し心配な気がするが…」
「うーむ、いずれにしても春頃に面会してみたいから、接触を図ってくれないか?」
「分かった。美濃方面の商人に伝手があるから当たってみよう。」
「よろしく頼む。」
この様子を見ていた芳が一言呟いた。
「…やっぱり長職さまと伝兵衛おじさんは悪だくみな顔してるです…」
芳姫は十二歳くらいの設定ですが、箱入り娘だった為に少し精神年齢が幼いです。
遊佐総光はだいぶ色に染まってきたようで何よりでした。




