第十九話
一五二一年 一月 能登七尾
「ふむ、道一丸殿は何を不安に思われてるのかな?」
僕は眼前の長尾道一丸の顔を見た。
その表情は明らかに同様の色を隠せない様子だ。
「…分かりまするか?」
「表情に出ておりますよ。」
まだ年相応、と言うことなのだろう。
まあ僕もおそらくこの時代では長尾道一丸とあまり変わらない筈だが、そこは現代での人生経験の差があるとも言えよう。
「…はい。有り体に言えば、我が家中の事に不安を覚えておりまする。」
長尾家中の事か。
それについてはある程度予測出来る内容ではある。この時代の長尾家はまだまだ安定とは程遠いとも言える。(それでも越中よりは力はあるのだが…。)
その中において体の弱い長尾道一丸について父親の長尾為景等がどう考えているか、更には家臣や揚北衆等の国人領主はどうか、それは史実における越後の見れば分かるというものだ。
正直、史実における長尾道一丸の評価は芳しくない。
しかしながら実際に眼前にいる長尾道一丸は、決して暗愚ではないように思えるんだよな。
「なるほど、だいたい分かりました。ではこの神保長職が独り言を言おうと思うのですが、少し聞いてもらえますかな。」
「は、はあ…。独り言ですか。」
僕は少し大げさに考え込むような仕草を見せた。
「とある国の守護代家が主筋の守護を上回ろうとしておりましたが、嫡男たる男子が残念なことに体が強くありませんでした。」
「他の国人領主や主筋を上回る為には家中の安定が必要です。そうなると他に男子が生まれるのを待つか、他家から養子を迎えるのが一般的です。」
「その家では他家からの養子縁組が画策されましたが頓挫してしまいました。一旦当主は嫡男が継ぎましたが、しかし数年後に後の世に軍神と呼ばれる程の男子が生まれました。その人物は国内を平定し漸く安定を見せたのです。」
まあ、まんま越後の未来の話だ。
「元々の当主はどうされたのですか?」
「その当主は自ら退き、軍神に跡を託したのです。」
長尾道一丸が少し俯いた。
「その軍神というのは家を託すのに足る人物と言うことですか?」
「少なくとも在命中は最大版図を誇ることでしょうな。」
「そうですか…」
<この歴史>においてもこのまま進めば同じようになるのかもしれない。
だが史実から外れ始めた越中の様に、越後にも干渉すべきだろうか。
将来誕生するであろう軍神が史実通りに動けば、我が神保家の脅威になるのは間違いない。長尾道一丸ならどうなるかな?
まあ目の前で困っている少年を放ってはおけないかな。
「しかし道一丸殿は体がお強くなってきたでしょう?」
「は…。それは長職殿のお陰様をもちまして…」
「さてここからも私の独り言ですが、今の越後の混乱を逆手に取ると言うことも考えられます。」
「逆手に…とは?」
長尾道一丸が首を傾げた。
「道一丸殿もご存知のように越後はまだまだ一枚岩とは言えませぬ。揚北衆は反長尾家の色が強く…、まあ先程の中条殿は違いますがね。また凋落して来たとはいえ、越後守護殿も一定の力があるでしょう。関東管領と同族ですからな。」
この時代の関東管領、山内上杉家もまだ力があるはずだ。
「とにかく、貴方には信のおける将が必要ですな。…守護上杉家の臣の中で琵琶島の宇佐美殿等はかなり有能な方と聞いておりまする。もし道一丸殿にその気があるのであれば、まずは舅殿にお近づきになればよろしい。…まあこれは私の独り言でござる。」
そう、あくまでも独り言だ。
あくまで決めるのは長尾道一丸だ。
「…しかし何故長職殿はそこまで越後の内情にお詳しいのですか?」
その感想は最もだ。
まあ未来から来たから、等とは言えないが。
「申しましたように、私の独り言で、妄想です。それを信じる信じないは、聞いた人次第でありますな。」
僕が今回独り言を聞かせるのはある意味賭けでもある。
「…ありがとうございます。参考になり申した。」
道一丸は深く考え込んでいる様だった。
さて道一丸はどう考えるかな?
琵琶島の宇佐美は上杉謙信の軍師と言われた宇佐美定満のことです。
上杉謙信の主だった(有名な)家臣はまだ生まれてないのが多いので、味方につけるのであればこの人が良いですね。